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町邊に寓居して終りたり、此又左衞門、伊達家牢人の後、寛永の始かた歟、或, 年の七月十五日、いまた江戸うゐ〳〵敷住居ゆへ、菩提所とてもこれなき, の開基清首座也、さらは和尚に對面し、檀那にならんとて、希叟へ永樂三拾, やありと尋ねありし事ゆへ、嬉しく此寺に入り、何宗の寺そと問ひけれは、, これは禪宗にて、小田原よりひけたり、廣徳寺と申と答ふ、是即今の長春院, の地に引たり、追日又左衞門其引たる寺に參詣したるに、希叟いはく、又左, に依り、此廣徳寺に參詣す、その時は、門内不殘沼地にて、材木の四面挽おろ, したる背板一枚通り敷つゝけて、其堂前迄の通路としたり、又左衞門、寺院, 六錢、清首座に同貳拾四錢つゝみて布施とし、即時に希叟に逢ふ、和尚の云, そなたのこゝろには、和尚は何としてかゝる葦沼に寺を引たるとおもわ, く、貴方はいつれより來られしといふ時、某は元來甲州武田家の武士志村, るへし、乍去御見やれ、後に此地よき程の江戸の眞中に成りもふすへしと、, りしより、是又肉縁同事に念比なり、其後、寛永の末歟、希叟の寺を今に下谷, 又左衞門といふもの也、尤代々禪宗たり、以來檀那にならんといふ、和尚も, よろこひ約束す、夫より無二懇意たり、清首座は長く宿坊といたすへし契, 慶長十五年九月八日, 六三六
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- 慶長十五年九月八日
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- 六三六
注記 (17)
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- 1926,2452,43,120六三六







