『大日本史料』 12編 7 慶長十五年閏二月~同十六年三月 p.710

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播摩少將殿, 十月朔日, 此大くほみの外に、堀一重出來申筈に候へとも、神君薨後に付て相止し由, 申述存候、將又、今度者永々御普請に御苦勞令察候、猶御上洛之節可得賢意, は昔の繩張をひろけ、大きになしたる由、堀切の出來しは、大坂御陣前の由、, 九月廿五日、天晴、本願寺門跡ヘ、淺野紀伊守被賞有能、各, し由、又、古渡の城も築かれ、後に末森の城え隱居有しといふ、今の御城、大方, 御鷹可被懸御意之由、從盆庵被申越候間、則鷹匠參候、本望之至書中にも難, 名古屋の城築初し人は不知、今川家の手に入ては、今川左馬, 御普請後に、本多中務、熱田を被通とて被申は、名古屋の御城、今壹貳町も南, 十月一日癸酉、天晴、陽明ニハ、伏見福島大夫所ヘ被申入, 候、恐々謹言、, ト、九條殿御同心ト、, 其後、織田備後守信秀、勝幡村より移り、段々取立られ, 被呼、, 助居たり、, 〔昔〓〕, 〔時慶卿記, 〔時慶卿記〕, 三十, 別に名古屋, 記壹卷あり, 後編, 三十, 十一, 四, 二, ノ由來, 名古屋城, 慶長十五年九月是月, 七一〇

割注

  • 三十
  • 別に名古屋
  • 記壹卷あり
  • 後編
  • 十一

頭注

  • ノ由來
  • 名古屋城

  • 慶長十五年九月是月

ノンブル

  • 七一〇

注記 (31)

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