『大日本史料』 12編 7 慶長十五年閏二月~同十六年三月 p.716

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直秀忌木の城主たり、某年死す、年三十九、, つかふ、直家鐵砲の術に精しきにより、慶長九年はしめて、東照宮に拜〓, 忠興か大坂の邸を攻るのとき、のかれて尾張國に赴き、薩摩守忠吉卿に, 某丹後國與謝郡忌木の城主たり、某年死す、年七十三、法名龍仙, 絶ン事ヲ惜マレ、忠興ヲ江城ニ召テ、台徳公ヨリ小松内府重盛、宋朝經山寺, 稻富、はしめ山田を稱し、のち稻富にあらたむ、, 佛光禪師ヘ、結縁ノ爲ニ黄金ヲ贈リシ時ノ返簡、定家卿七首和歌懷紙等ヲ, 直時忌木の城に住し、一色家につかふ、某年死す、年六十三、, 始、重器名物多ク賜ルノ上、御詞ヲ盡サレ、稻富カ罪ヲ宥ムヘキ旨ヲ諭シ玉, 直家忌木城を去て處士となり、のち、細川越中守忠興につかへ、石田三成, 密ニ是ヲ召テ食禄ヲ授ケラレ、尾陽ニ蟄居スト云ヘ共、兩公、彼妙術其傳ノ, し、其祕術をつたへたてまつり、この年、江戸にいたり、台徳院殿にまみへ, 〔寛政重修諸家譜, ヒ、遂ニ忠興領掌セシカハ、台徳公、祐直ニ炮術ヲ御相傳アリテ、其弟稻富喜, 太夫直堅御家人ニ列ス, 某-直時, 直秀, 伊賀守、剃髮號一夢、今, の呈譜、祐直に作る、, ○細川家記二ヨレバ、佛光禪師ノ墨蹟ヲ賜ハ, 蕃頭直元に作る, リシハ、元和七年二月ノコトナリ、本書誤レリ、, 十三, 玄蕃允、今の呈譜、玄, 五百七, 相模, 守、, 一夢ノ略, 歴, 慶長十五年九月是月, 七一六

割注

  • 伊賀守、剃髮號一夢、今
  • の呈譜、祐直に作る、
  • ○細川家記二ヨレバ、佛光禪師ノ墨蹟ヲ賜ハ
  • 蕃頭直元に作る
  • リシハ、元和七年二月ノコトナリ、本書誤レリ、
  • 十三
  • 玄蕃允、今の呈譜、玄
  • 五百七
  • 相模
  • 守、

頭注

  • 一夢ノ略

  • 慶長十五年九月是月

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  • 七一六

注記 (31)

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