『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.121

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御勝なされ候やうに仕り候へとありけれは、たけ罷出、御助言申上、則ち御, にて、御機嫌あしきとても苦しからす候間、御勝手に參らるへきよし申さ, へ、堪忍いたし候、重て御前に御助言申上候はゝ、只一太刀に切殺し申へし, れ候につきて、さあらは參るへきよしにて、參られけるとなり、あんのこと, 内藏之助爲親族、故於播州赤穗而長也、仍彈正長政公、曁釆女正長重公之近, く御碁遊はされ候て、御手を見せ申され候ゆへ、以の外御機嫌宜しからす, とて、さん〳〵しからまけるとなり、, し、然れは、とかく參るましきよし申され候につきて、左京殿より、上樣御負, 悴所に成せられ候ゆへ負候とて、上樣も思召、何れもの下けすみもあるへ, 勝になりたるなり、御勝手にて、しけに彈正殿申され候は、其方上樣へ御助, 言申上、不屆に候、打擲すへしと思ひ候へとも、悴所に成せられ候ての事ゆ, を左京殿頼にて、何とそ、上樣へ御助言申上、御碁, 仕士、亦者、壯年之頃、王城江武徘徊而、古老士之於俗談、彼長政公之生前、聞佳, 言善行焉、書之爲一帙也、雖不正雜話、于左顯之、以備後人之考云爾, 〔淺野考譜〕一焉在清水穩齋者、此翁者淺野内匠頭長直公之長臣、故大石, 候につきて、道石其〓〓2, 候につきて、道石, 其比しけ, 家康ト長, 政トノ圍, 中村道碩, 碁, 慶長十六年四月七日, 一二一

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  • 其比しけ

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  • 家康ト長
  • 政トノ圍
  • 中村道碩

  • 慶長十六年四月七日

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  • 一二一

注記 (24)

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