『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.476

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つ、御深慮の敦厚なるを感戴す、右に類せし所多かりしとなん、, 度甲佐谷へ往、水理を問謀るに、古閑村の下ニ石刎有、此石刎の外ニ畑地有, あたりの村ニ、畑戌田かちにして、古川開, 石垣ニして、かゝる大變有ん時、表石垣崩落て、刎の根を堅め、裏石垣にて保, し、翌丁巳六月、鹿子木維善、杉島の庄屋を奉し、上盆城郡山中ニ石場願取、數, ヽを設けて急流を休る所也、寛政八丙辰六月、洪水の時、緑川筋破壤の〓多, 間より流出る所にて、洪水の時は、急流烈しき故、登に〓塘, て、耕作する事年久し、寛政辰の洪水は、非常の大變にて、右石刎表の田地洗, 流し、刎の元、淵と成時、表石垣崩落、其淵を埋、其裏に立派なる石垣有、全二重, 盆城一領一疋田上權内先祖附之内、田上監物と申者、清正公、當御國御領知, 山手永岩下村の下に、佐俣川出る所にて、二川會同す、此所ニ大なる石刎を, 築立、鵜瀬より、眞直ニ打懸る水勢を刎る仕法也、甲佐は、緑川佐俣川共ニ山, 被成、慶長十二年未十月十八日、監物宅へ被遊御戌、翌十九日、豐内御築場、井, 新地を加、豐饒の地と成也, 二川, 一流となし給ひける所を、鵜の瀬の偃下より新川を掘、中, ○緑川、佐俣, 是る塘を築すし, 古〓川, 川ヲ云フ, て、水川を殺く所, の跡也, ○中, 略, ○中, な, 略, り、, 轡塘, 慶長十六年六月二十四日, 四七六

割注

  • ○緑川、佐俣
  • 是る塘を築すし
  • 古〓川
  • 川ヲ云フ
  • て、水川を殺く所
  • の跡也
  • ○中
  • り、

頭注

  • 轡塘

  • 慶長十六年六月二十四日

ノンブル

  • 四七六

注記 (31)

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