『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.517

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はりて、かくのこときの大事、在世のときゝかすして、今何そたやすくう, けかふへきや、しかりといへとも、東照宮の御諚あらは、これにしたかふ, に屬し、後、豐臣太閤につかへ、秀次に附屬せられて、尾張國丹羽郡、美濃國, 年、太閤他界の後、五奉行等、壽昌に告ていはく、速に朝鮮に赴き、在陣の軍, 〓しとこたふ、このよし東照宮の上聽に達せしかは、井伊直政を御使と, 同國の内にをいて、一萬石餘を加へられ、すへて三萬石餘を領に、慶長三, 勢歸朝の事をはからふへきむね、太閤の遺命なりといふ、壽昌うけたま, 松木島のうちにをいて、二萬石をあたへられ、美濃國高松城に住し、其後、, 徳永主膳昌明か祖、, 壽昌母は某氏、天文十八年、近江國徳永村に生る、はしめ柴田伊賀守勝豐, 薩摩守忠吉卿に仕ふ、, 母は上におなし, 女子母き上におなし、松平周防守康重か室、, 慶長十六年七月十日, ○略譜ニハ、昌純, ○三上, 氏ノ女, 昌成ノ兄ニ作, リ、早世, 左太郎、左馬助、, トアリ、, 小法師、式部, 從五位下、, 式部少輔, 壽昌ノ事, 征韓諸軍, 歸朝ノ事, 城ニ住ス, 美濃高松, 蹟, ヲ計フ, 慶長十六年七月十日, 五一七

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  • ○略譜ニハ、昌純
  • ○三上
  • 氏ノ女
  • 昌成ノ兄ニ作
  • リ、早世
  • 左太郎、左馬助、
  • トアリ、
  • 小法師、式部
  • 從五位下、
  • 式部少輔

頭注

  • 壽昌ノ事
  • 征韓諸軍
  • 歸朝ノ事
  • 城ニ住ス
  • 美濃高松
  • ヲ計フ

  • 慶長十六年七月十日

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  • 五一七

注記 (33)

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