『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.518

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城長次郎, 豐盛をそへらる、もし仰に從はさるにをい, り、左文字の御薙刀をたまふ、壽昌、金森法印素玄とゝもに、御旨を諸士に, て、血判を加へし返翰をあたふ、十二月五日、台徳院殿より、父子一紙の御, とき、井伊直政、本多忠勝、榊原康政等と橋詰の番をつとむ、八月、直政を奏, り、東照宮、壽昌をめされ、軍をかへして、先三成を征すへし、汝き諸士の不, 和なる者をして和睦せしめ、志をあはせて上洛す〓きむね、仰をかうぬ, 子江戸に參り、下野國小山に供奉に、このとき、石田三成謀叛を企るによ, と計りて、諸手悉く歸朝す、四年三月、伏見向島の館にうつらせたまふの, 者として、ふたこゝろなき旨誓書をたてまつりしかは、直政、御名代とし, 書をたまふ、五年、上杉景勝御征伐のとき、七月十三日、黒田長政と共に、父, 月七日、宮城豐盛とともに、纜をときて朝鮮國に渡海し、彼地在陣の諸將, して、壽昌朝鮮に赴き、諸軍を率て歸朝すへし、彼國の地理にくはしき宮, ては、御みつから渡海したまはむとなり、こゝにをいて、壽昌恩命のかた, しけなきを拜す、このとき中卷二十振、呉服二十領、黄金百枚をたまふ、九, 傳へ、嫡男昌重をして御麾下にをらしめ、台駕にさきたちて進發し、武輪, 慶長十六年七月十日, ○譜牒餘録、略譜二, ハ、丹波守トアリ、, 關ケ原役, ノ際ニオ, ケル壽昌, 五一八

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  • ○譜牒餘録、略譜二
  • ハ、丹波守トアリ、

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  • 關ケ原役
  • ノ際ニオ
  • ケル壽昌

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  • 五一八

注記 (23)

  • 1671,677,58,274城長次郎
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