『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.870

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て利盆なりと云ふ, 訪問を受けんことを欲し、遂に會見を遂げざりき、, はマニラに於て建造するよりも、當地に於てする方、材料及び工人多くし, 沿岸を測量して、同航路の安全を計らんと欲せり、又船は、新イスパニヤ或, と云ふ、又、一の目的は、皇帝陛下に大使を送り、日本沿岸の諸港を巡視し、又, 當國に於て、船を建造する許可を得んが爲めなり、彼等は、日本の良港を知, らざるが故に、これ迄、新イスパニヤ、マニラ間航海の船數隻を失へり、故に, 圖調進上、取成可申との状也、返事九月五日之日付にて遣之、, 大使は、屡使を以て予等を招き、予等もまた同じく、彼を招きしが、互に先づ, 〔駿府記〕九月十六日、吉田神龍院梵舜、進藤氏系圖一卷云々、, 〔本光國師日記)五神龍院よりの八月廿四日之状九月四日ニ來、藤氏系, 十六日、任神龍院梵舜、藤氏系圖ヲ家康ニ呈ス、, 〔藤氏系圖奧書〕, 右一册、予遂書寫功者也、, 十六日, 内閣文庫所藏, 梵舜自筆本, ○中, 略, 圖奧書, 藤原氏系, 慶長十六年九月十六日, 八七〇

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  • 内閣文庫所藏
  • 梵舜自筆本
  • ○中

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  • 圖奧書
  • 藤原氏系

  • 慶長十六年九月十六日

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  • 八七〇

注記 (23)

  • 1157,596,60,556て利盆なりと云ふ
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