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ふ、後にあらためて田中と稱し、又内藤と稱す、, 宗桂かたりていはく、汝才能もつともおほし、我弟子の列に有へからす、, 十四年十二月朔日に死す、歳八十九、, 今按するに、古譜に波多野、或は秦野の字を用ゆ、藤原の流なり、大江姓の, 宗巴天文十九年二月十五日、丹波國失木の城に生る、幼少より郷里の老, 師に就て、書を讀字を學、人みなその敏悟なるを稱す、八歳にして、連歌の, し、意庵宗桂か門にあそび、理を究事を詳にし、孜々として倦事なし、一日, り、故にぬた度仕官せすして、洛西嵯峨に居し、剃髮して竹雲と號す、慶長, 席にのそみて執筆す、天正三年、歳二十六にして、はじめて醫にこゝろさ, 内に、いまた秦の稱號を見す、しのれとも家説たるにより、しはらく爰に, 内藤の稱號をうけ、且其妹をめとり、三千石の地を領す、内藤氏子孫絶た, 善秀, 善秀母は松永氏か女、丹波大守内藤氏か家臣となり、武功あるによりて、, しるして、後勘にそなふ、, 壽命院秦家傳に、姓き大江、氏は秦なりとい, 徳隣, 宗巴, 〔寛永諸家系圖傳, 慶長十二年十二月十四日, -徳隣, 字徳岩、又立, 字は有, 室、法眼、, 安と號す, 筑後, 守、, 十六, 百七, 宗巴ノ事, 蹟, 其幼時, 意安宗桂, ノ門ニ入, 宗巴ノ系, 一七九
割注
- 字徳岩、又立
- 字は有
- 室、法眼、
- 安と號す
- 筑後
- 守、
- 十六
- 百七
頭注
- 宗巴ノ事
- 蹟
- 其幼時
- 意安宗桂
- ノ門ニ入
- 宗巴ノ系
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- 一七九
注記 (35)
- 1822,679,57,1358ふ、後にあらためて田中と稱し、又内藤と稱す、
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