『大日本史料』 12編 8 慶長十六年三月~同年十月 p.891

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反古撰集, 一慶長十六年、日向守樣御受領之儀、吉岡一文字之御腰物被進之由云々、, 木原左近右衞門家什書、, 三次郎、しゆりやうの儀、仰出さるゝよし、こゝもとにてよ海こひ候、その, ためこのもの遣候云々、下略、, 十一月十三日輝元公御判, 五位下に任す, 元和八年十二月廿八日、從, しきな, 家譜〕日向守大江就隆は, 元和六年、いとま給りし時も、給りもの如例、御脇さし、, 福越, 宗家中納言大江輝元入道の二男, なり、, 〔毛利, 十一月十日, 今採, 慶長十六年九月二十九日, 幼名三, 受領は慶長十六年、又は元和七年共云り不詳、○下略、寛政重, 戸に至りぬ、道すつら放鷹ありしとなり、十月十七日、はしめて秀忠卿に〓, りさき、慶長, ○中, 十六年九月二十九日、駿府におおて、初て大御所に拜〓し、夫より供奉し江, 修諸家譜ニハ、敍任ヲ元和八年十二月二十八日二係ケタリ、, 一文字、是よ, しぬ、給りものなとありて、骨柄よく生立しもの, 次郎, 徳, 略, 山, ろなと、賞せられしとなん、時に十四歳、○中略, 八九一

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  • 幼名三
  • 受領は慶長十六年、又は元和七年共云り不詳、○下略、寛政重
  • 戸に至りぬ、道すつら放鷹ありしとなり、十月十七日、はしめて秀忠卿に〓
  • りさき、慶長
  • ○中
  • 十六年九月二十九日、駿府におおて、初て大御所に拜〓し、夫より供奉し江
  • 修諸家譜ニハ、敍任ヲ元和八年十二月二十八日二係ケタリ、
  • 一文字、是よ
  • しぬ、給りものなとありて、骨柄よく生立しもの
  • 次郎
  • ろなと、賞せられしとなん、時に十四歳、○中略

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  • 八九一

注記 (33)

  • 1117,928,57,268反古撰集
  • 1000,728,60,2143一慶長十六年、日向守樣御受領之儀、吉岡一文字之御腰物被進之由云々、
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