『大日本史料』 12編 9 慶長十六年十一月~同十七年七月 p.196

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古記曰、長政公百年忌ニ付, 營、御法事相勤者也, けられ候あひた、一ツはたんなの御ため、一ツはぞうず申おかれ候あひた、, 女院御所樣ヨリ簗田隱岐守殿, 日、再遭囘祿之災、作詩記之、三首、, いたるまて、むなしく月日をおくり申候、ひぜんのろみ殿御たかいのとき, 候へとも、うへ樣の御みゝにたち申候事かなわさるによつて、こんにちに, 其一きをそんし、けいちやう十三ねんより、たうしよにこれある事に御座, んごろには申あけす候、おの〳〵、御ぞんじのまへにて御ざ候、これらのお, もむき、御すきをもつておほせあけられ候はゝ、かたしけなかるへく候、, まて、われらのぞうずぢよさい申されす候事、よにかくれあるましく候、ね, 取次ニテ、崇源院殿ノ御位牌御再興并銀五拾枚被下、是ヲ以、堂宇令造, 焦土結茅纔十春、又今煙瞑北風瞋、圖澄縱嘆數樽酒、端的胡爲救八人, 慶長十六年七月朔日, 〔寒松稿〕三往歳庚子臘之廿五日、智山炎上、今歳慶長十六年辛亥二月十, (端書〕, やうがん, 寛文十二年壬子春現住, ○寛文十二, 江峰、○本書宛名ナシ, 年二當ル, (徳勝寺), ○坂田郡, 〔楊巖), やうがん, 平方村, 武藏長徳, 寺火災, 慶長十六年雜載, 一九六

割注

  • 寛文十二年壬子春現住
  • ○寛文十二
  • 江峰、○本書宛名ナシ
  • 年二當ル
  • (徳勝寺)
  • ○坂田郡
  • 〔楊巖)
  • やうがん
  • 平方村

頭注

  • 武藏長徳
  • 寺火災

  • 慶長十六年雜載

ノンブル

  • 一九六

注記 (30)

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