『大日本史料』 12編 9 慶長十六年十一月~同十七年七月 p.349

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之事候、又は、次而可有御座と存候て、達而不申上候、主一段迷惑かり申候, 共、餘多申由申候、荒木半左衞門も、大學へ雜談申候由候, にては無之と、御意候つる、右之樣子具ニ申上度候つれ共、我々抱置候者, 伯部内ニ居候さるろく、日向殿御前へ持參仕候へは、前かと被立御使、市, 跡にても、式部爲にて候間、御ついてニ、有樣之御取成、是非頼入存候、彼さ, 如此申候は、いすそや、殿樣御前にて、右之さんたん御座候時、其高名仕た, 右躰ニ候間、御次而被仰上候て可被下候、木付城留守申付候、我々自然之, 相尋候處ニ、其分無紛趣被申候キ、二番目ニきりあひ候者之首を取、波々, やうにてありつる哉『、日向殿御同心にて御座候つる由ニ候, 不仕由申候、此段今之荒木山城、又坂本二郎右衞門、其外皆よく存たる者, 候哉、今首を持參候者は、波々伯部内のさるかくにて候と被申候へは、さ, るは、紀伊守にて御座候由、淵底承居候通申上候へは、殿樣御諚ニは、市正, 正かと思食、事之外御ほめ被成由候、然處ニ齋藤藏被申候は、何と被思食, 一少敵ニ候へとも覺悟仕、人數々々悉打捨と、前日御觸ニ付、市正は首持參, 御座候由被申由候、其以後、我々坂本へ罷越候つる間、彼か使兩人へ樣子, 慶長十七年正月二十三日, 三四九

  • 慶長十七年正月二十三日

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  • 三四九

注記 (17)

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