『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.761

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奉願候由被申入、越中守是を聞て、歴々の, 元和元年五月再亂に依て、兩將軍家再ひ御進, 何も不快に候間、其元樣を見掛御頼申候也、越中守是を聞て、御見掛候と有, 義當年拾五歳に罷成候間、御目見の儀奉願候由被申達しに、御老中被申た, なり居たるが、星霜を積て拾五歳に及ひける時、細川家より、出雲守忰内記, 御親類も有之儀、拙者においては承引難仕由被申、忠朝申けるは、某一家中, るは、先達出雲守討死の節御尋有之に、子無之由相聞へ候、如何なる故に候, 於ては取立可申と契約被致にると也、果して忠朝討死し、入道みなし子と, し上は、委細致承知候、某とても討死の義は難計候へとも、若し生殘り候に, 明日討死仕候、死後忰入道義, 哉と被尋しかば、細川答けるは、有故出雲守討死の前日、しか〳〵の由ニて、, 某に急度相頼候ニ付、私身上ニ懸ても、此段御願申上度候段被申候ニ付、御, 其夜細川越中守の陣屋へ行、某儀, 目見相濟申たるとなん、, 〔九六騷動記〕, 死之事、, 〔本多家記録〕忠朝、兄忠政、拜ニ細川が陣所へ參り別を告第、附たり忠朝戰, 陣ニ至リ、甥忠刻等ヲ戒ムルコトニ係ル, ○上路、忠朝、五月六日ノ暮方、本多忠政ノ, 阪役叢話四, 内記, 十五所收, 政〓, 忠興忠朝, ノ子内記, ノ將軍〓, 見ヲ幹旋, 忠興ニ後, 事ヲ托ス, 忠朝細川, 元和元年五月七日, 七六一

割注

  • 陣ニ至リ、甥忠刻等ヲ戒ムルコトニ係ル
  • ○上路、忠朝、五月六日ノ暮方、本多忠政ノ
  • 阪役叢話四
  • 内記
  • 十五所收
  • 政〓

頭注

  • 忠興忠朝
  • ノ子内記
  • ノ將軍〓
  • 見ヲ幹旋
  • 忠興ニ後
  • 事ヲ托ス
  • 忠朝細川

  • 元和元年五月七日

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  • 七六一

注記 (32)

  • 1599,1660,62,1204奉願候由被申入、越中守是を聞て、歴々の
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