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こは大坂城代與力古老の者の物語なり、, の、死後にも猶放たざりしとなん、いとあはれなる志なり、, 沼の中に投込でありしを、忠朝の從者拾取てぞかへりたる、, 去程に、東國方戰勝て、洪水の溢るゝがごとし、忠朝の從兵も、惣軍に打交て, 城際まて押詰しに、主人忠朝天王寺口にて討死なしたるよし追々に聞え, 或古筆記に云、忠朝の屍を馬に乘て引取る時、窪田傳十郎引違て、主人の, しかば、取返したり、然るに日高太郎右衞門、忠朝の屍を百里の鞍坪にかけ, て、平野の方へ引て行に出逢て、いづれも泣々供をこそなしたり。けれ、かく, 土屋太郎八、稻毛市郎兵衞, 石川半彌、山崎半右衞門、大原長五郎、村越茂兵衞、青山五左衞門、土橋喜兵衞、, 衞門退口急にして、忠朝が首を捨たりにん、直折の腕貫にくゝり、鼻を欠て, て、大神君の御馬前を通る時見そなはし、御〓を流させ給ひたり、雨森傳左, 討死の場へゆき、兜の立物三團子の地に碎落たるを拾取てかへりたり、, 勘解由、作左衞門を初、加藤忠左衞門、藤平治右衞門、臼杵七兵衞、中根權兵衞、, 小野氏筆記に云、大屋作左衞門、主人忠朝の屍に、左の手をのけて討れし, 等、忠朝の前後に於て討死す、窪田傳, 一説に市兵, 衞とのり、, 東軍濠際, ニ迫ル, 元和元年五月七日, 四五
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- 一説に市兵
- 衞とのり、
頭注
- 東軍濠際
- ニ迫ル
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- 元和元年五月七日
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- 四五
注記 (22)
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