『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.41

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しかば、勘解由は、唯今討死して見せ申さんといふて、右の方へそびれ行、忠, て鹿狩し給ふ時の勢子並にけも似たり、あれに見ゆるは忠左衞門が足輕, 付たる指物をさし馬を乘付、雲州の備出過たりと云、忠朝、張出したる備を, 第なりといひて耳にも入ず、勘解由、口脇の黄なる殿の何をしり給ふやと, よ、誠に戰に向ふ有樣なりと打笑ふ、忠朝、〓詞哉とて、眉尖刀を提てかゝり, 跡へ引て立んこといと難義に候、餘の備を張出されよと答ふ、直次、尤なり, 嘲る、時に加藤忠左衞門進出、この足輕の並居樣は軍とはみえず、大田喜に, 勘解由、かゝる足輕の並居げまこそ心得ね、忽破らるべしと申す、忠朝、吾次, 指揮したり、忠朝が下知によりて張出したる足輕、踈懸にみえしかば、小野, 忠朝は、左に小高き岡、右に四十間余の〓田を受て備へしことなれば、惣軍, 輕を懸しかば、水野勝成いらつて、大和組の先陣よりも、馬足輕を出せよと, と云て、合備を押出してぞ立させける、かくて忠朝は、猶も先足輕に下知し, より一きは出張てみえにたり、惣手の軍監安藤直次金の打抜に黒き折懸, て張出す、左の先陣たる越前勢是を見るより、物見武者四五騎を出し、馬足, ん、, 小野勘解, 由加藤忠, 左衞門忠, 朝ノ備立, ヲ難ズ, 忠朝ノ備, 元和元年五月七日, 四一

頭注

  • 小野勘解
  • 由加藤忠
  • 左衞門忠
  • 朝ノ備立
  • ヲ難ズ
  • 忠朝ノ備

  • 元和元年五月七日

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  • 四一

注記 (23)

  • 299,633,61,2219しかば、勘解由は、唯今討死して見せ申さんといふて、右の方へそびれ行、忠
  • 531,637,66,2216て鹿狩し給ふ時の勢子並にけも似たり、あれに見ゆるは忠左衞門が足輕
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