『大日本史料』 10編 11 元亀3年12月~同年是歳 p.252

Loading…

要素

割注ノンブル

OCR テキスト

玄の右備へより靜かに押し、太鼓を打て、石川數正が追ひ討ちにして、人數まばらなる所を、, 馬添へに酒井左衞門尉忠次在けるが、鐵炮を揃へて打ちかけよと下知しければ、久世三四郎, 一文字に馳セ拔けて、御籏本を目がけ、〓て掛りけれは、小山田昌則も備へを立直し、佐竹, 輕をそろへ、つるべ打にぞす、石川數正が兵身命を捨て相戰ふ、外山小作は、又よき兵を討, 込みければ、敵味方共に大に感じ合ひけり、此戰を家康公御覽有て、合戰のしほよしと御馬, 廣宜急て用意や仕たりけん、鐵炮足輕二百人をかまへ、さん〴〵に打立てけり、大久保七郎, 與へ、此籏を眞先にすゝめて合戰仕候へと下知しければ、兩人合して三千餘兵を引卒し、信, 右衞門忠世是を見て、忠次の下知よろし、いで鐵炮をかさむべしと、諸手をはセ廻つて足, を出され、御籏をすゝまセ給ふとひとしく、小山田冒則が三千餘騎大崩れに敗北して、籏, 守勝正兩人かけ向て、敵の横合より〓き崩すべしと、自身四ツ菱の籏一流れ拔取り、時廣に, 衆并に遠州山家一方の兵一手に成て〓てかゝる、御籏本の先鋒は榊原小平太康政なり、御, て、終に其場を去らず、討死す、石川が兵少し亂れ立つ所を、御籏本の濱松勢死を輕んじ, 本さして足並に逃走る、味方の軍勢中かにも石川數正眞先にすゝんで追ひ討ちして、昌則, が二百餘人討死す、信玄是を見て、先手敗軍と見ゆるぞ、前嶋和泉守時廣, 則弘と, 八代安藝, も、, [屋カ下同ジ], 元龜三年十二月二十二日, 二五二

割注

  • 則弘と
  • 八代安藝
  • も、
  • [屋カ下同ジ]

  • 元龜三年十二月二十二日

ノンブル

  • 二五二

注記 (20)

  • 1110,624,74,2280玄の右備へより靜かに押し、太鼓を打て、石川數正が追ひ討ちにして、人數まばらなる所を、
  • 751,618,76,2292馬添へに酒井左衞門尉忠次在けるが、鐵炮を揃へて打ちかけよと下知しければ、久世三四郎
  • 986,636,74,2277一文字に馳セ拔けて、御籏本を目がけ、〓て掛りけれは、小山田昌則も備へを立直し、佐竹
  • 407,615,74,2291輕をそろへ、つるべ打にぞす、石川數正が兵身命を捨て相戰ふ、外山小作は、又よき兵を討
  • 1802,627,78,2290込みければ、敵味方共に大に感じ合ひけり、此戰を家康公御覽有て、合戰のしほよしと御馬
  • 635,618,76,2292廣宜急て用意や仕たりけん、鐵炮足輕二百人をかまへ、さん〴〵に打立てけり、大久保七郎
  • 1223,619,78,2297與へ、此籏を眞先にすゝめて合戰仕候へと下知しければ、兩人合して三千餘兵を引卒し、信
  • 520,618,76,2289右衞門忠世是を見て、忠次の下知よろし、いで鐵炮をかさむべしと、諸手をはセ廻つて足
  • 1688,629,75,2292を出され、御籏をすゝまセ給ふとひとしく、小山田冒則が三千餘騎大崩れに敗北して、籏
  • 1341,623,77,2291守勝正兩人かけ向て、敵の横合より〓き崩すべしと、自身四ツ菱の籏一流れ拔取り、時廣に
  • 867,620,78,2296衆并に遠州山家一方の兵一手に成て〓てかゝる、御籏本の先鋒は榊原小平太康政なり、御
  • 290,621,75,2283て、終に其場を去らず、討死す、石川が兵少し亂れ立つ所を、御籏本の濱松勢死を輕んじ
  • 1576,629,71,2291本さして足並に逃走る、味方の軍勢中かにも石川數正眞先にすゝんで追ひ討ちして、昌則
  • 1461,629,72,1844が二百餘人討死す、信玄是を見て、先手敗軍と見ゆるぞ、前嶋和泉守時廣
  • 1491,2488,37,126則弘と
  • 1457,2695,55,223八代安藝
  • 1449,2490,33,49も、
  • 1513,2693,31,199[屋カ下同ジ]
  • 1932,744,48,477元龜三年十二月二十二日
  • 1919,2449,45,115二五二

類似アイテム