『大日本史料』 10編 11 元亀3年12月~同年是歳 p.253

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向ふべしと下知しければ、昌景が兵三百餘人從兵三千餘騎を備へて、家康公の御籏本を目, づまりかへりてひかへたる所へ、山懸が三千餘騎まつ黒に〓てかゝる所を、鐵炮雨のこと, 抽んでゝ軍功す、山懸晶景が手にて、孕石源右衞門一番鑓を合セ、山懸昌景・孕石一番鑓, を、大久保忠世・大須賀康高・榊原康政・酒井忠次・同雅樂助政親等一手に成り、鑓をそ, りにかゝるべからず、敵引くとも長く追ふへからずと御下知あつて、備へをかためて、し, 馬廻りに備へさセ給ひ、眞先に鐵炮組合ひ、次に鑓をそろへてまちかけ、敵かゝるとも猥, ろへて〓てかゝる、中にも本多平八郎忠勝一番に鑓を合せ、家人荒川甚太郎共に鑓を合, がけ討てかゝる、家康公の御籏本の先陣榊原康正、其外武功すぐれたる者を撰み出し、御, くに打ちかけ、眞先に進んだる昌景が兵二百餘人ゆにわに打落しけれは、敵すゝみ兼る所, て首を得たり、兩酒井・大久保・榊原等の兵苦戰して首數級を得たり、中かにも坂部亦十, せ、苦戰して討死す、本多甚六・河合亦五郎・多門越中同しく戰死す、櫻井庄之助よく戰, 郎・久世三四郎廣宜・筧龍之助・鈴木角大夫・渥美源五郎・伊東鴈助・清水久三郎等衆々, て相戰ひければ、大軍とはいゝながら、前嶋和泉守時廣・矢代安藝守が兵色めき立て足並, に引退く、小山田皿則が兵もたへかねて、再び敗軍す、武田勝頼是を見て、山懸昌景にはヤ, 元龜三年十二月二十二日, 五三

  • 元龜三年十二月二十二日

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  • 五三

注記 (16)

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