『大日本史料』 11編 4 天正11年4月 p.602

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利を得給ひつゝ、異國)了て退治し給ひき、, 鑓の名乃み高して、七人は其下に立んとなん、, 乃ゝしるは稀なり、七人揃て一番とはいかゝあらんと、此道に精しき人, こられぬる事を、腹黒に思ひ籠るもあり、又うらやみぬる心あさから, 申侍し、寔聊其先後はある〓き事なるか、小豆坂の七本鑓と其名かうは, ふは、小豆坂之七本鑓、前田又左衞門尉堤の上乃鑓等なり、此外之鑓之名, 彼七人よりもはやきも有、又及へたもありしなり、櫻井左吉、伊木半七郎な, したも、乃き口の鑓、前田乃鑓も味方軍の色あしく見えて、引しを〓返し, ぬも多かりけれは、諸卒勵武勇之力、日々に新しく、剛強に成て、度々之勝, しり侍りけれは、萬之自由いといみし、肩をならへし傍輩之面々、なみを, あ〓た所痛手を蒙り、鑓下にて果にけり、なからへ有ほとならは、此人一番, 評曰、今世武名をはけみうらやみつゝ、其あたりeての鑓をと望みおも, とも、倫を離れ苦る働有、殊石川兵助は、七人よりはるく鑓を合さたりしか、, は、其國、或其黨々、或東西乃はて〳〵にて言しはあれと、天下たしなへて, ぬるとあれは、乃き口の鑓なり、重て智將老師之評にして可否定りぬへ, 天正十一年六月五日, 七人ノ名, ハ其下ニ, 死セズバ, 小豆坂七, 石河一光, 伊木半七, 本鑓, アラン, 郎, 六〇二

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  • 七人ノ名
  • ハ其下ニ
  • 死セズバ
  • 小豆坂七
  • 石河一光
  • 伊木半七
  • 本鑓
  • アラン

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  • 六〇二

注記 (26)

  • 1442,691,60,1216利を得給ひつゝ、異國)了て退治し給ひき、
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