『大日本史料』 10編 6 元亀2年3月~同年9月 p.289

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になし下さる、今日より岩井兵庫助と名付べし、其上岩井乃郷を領知し、永, る、其内一人は侍と相討也、氏政此よしきこしめし、侍の首取事は常なり、百, 故、其心がけ有く、竹鑓一挺支度いたし、今夜の夜討、味方の中へくはゝり、, りいなを一鑓つりれ候へ共、敵をつきふせ首取て候と申、氏政聞召、百姓と, 申けるは、それがし岩井の百姓にて候が、味方毎夜草に臥候を兼て存ずる, 共、終には敵をつきふせ首討取事、關八州無双乃剛民、一人當千のはたらた、, の陣へはせくはゝり、前登にすゝみ、敵とたがひに鑓くみ、其身手負といへ, して家なげ乃はたらた、奇特の旨直に御ほうび有て、後御感状にいはく、此, 姓軍中に入、侍と相ならんで首取は珍事也、先二人の百姓を〓前に召出し、, 也、此度乃懃賞に百姓を點じ侍とし、在名を用ひ岩井を名のり、官は兵庫助, さんをみだしたゝらふ時に、敵とそれがししがひに鑓ぐみ、それらし左乃, もを氏政乃旗本へ持來て實檢す、其中に岩井乃百姓二人手がらの首をと, 度佐竹義重常陸乃國へ出陣し、岩井の郷へ敵夜討の刻、いは并の百姓味方, 賞祿をあてをこなはるべしと、仰により、二人乃百姓御まへに參候す、一人, 前代未聞也、故に百餘討捕首乃内にをいて、一番の高名と著到にしるす者, 元龜二年五月二十二日, 二八九

  • 元龜二年五月二十二日

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  • 二八九

注記 (17)

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