『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.783

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ほせ付られたれば、けんげうおほせをうけたたはり、すなはち山中山城守, のをそのまゝすておかんもをしき事也とて、岩船〓技に節をすけよとお, へ下なとて、金賣吉次信高が家人にまぎれ、三河國矢矯の宿長者がもとに, に、太閤樣乃御上覽にそなへさせ給へば、秀吉公取上させ給ひて、是程のも, 御望有ければ、おづう御返事に、いにしへ乃かしこきは、皆かみや佛の化身, と成、舍那王丸と名をつきおりしたるが、十五歳の春の比、奧州秀平がもと, にてまします故に、さやうの事をのちのよまで殘しをかれ候へども、今つ, ば、よしあしなにわ入江のもしほ草、書あつめてさし上、とき乃御りらひ草, して、扨々言葉のつゞきたさかたに、筆せい玉をのべたり、今の世乃いせか, 母もなし奉らんとて、昔左馬頭義朝乃末子牛若丸、くらまの東光坊の弟子, 着給ひて、長が娘の淨瑠理御前に忍相給ふとて、ぬれにぬれたる言の葉を、, 十二段にりけてかきしるし、御臺樣へさし上けれは、御臺樣御上覽ましま, たなきりらは乃およぶべき事に御ざなく候、さりながらおほせおもけれ, り、哀和御前も才藝の程を末世に殘しそ、名のかたみともなし候へかしと、, むらさきしきぶか、ま〓は小野のながれ程こ〓あれとて、御かんのあまり, 節ヲ付ク, 岩船〓〓, 慶長十九年九月二十一日, 七八三

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  • 節ヲ付ク
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  • 慶長十九年九月二十一日

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注記 (19)

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