『大日本史料』 12編 35 元和六年是歳~元和六年雑載 p.316

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へきとなり、眞綱遂にかの地にむかひて、惡黨をからめ捕、ときに墨右衞門かたはらに, し合せ、甲首を取、天正三年長篠合戰のとき、軍功あるによりて、大權現より二十貫の地, の時、眞綱鑓を合す、大權現これを感じ給ひ、神奈川の弓二張、長吉が鏃二十本を下し賜、, 居て助取をなし、相具して歸る、同三年遠州三方原一戰のとき、眞綱玄默口におゐて返, 小山たちまちにあやふく見えしところに、眞綱言葉をかけ矢をつがふ、これによりて彦, 作兵衞、中村又左衞門等、大手脇におゐて鑓を合せ、ときに眞綱、鑓脇の敵を射る、敵敗, をくはへ給ふ、同年、小山の城をせめたまふとき、本多中務大輔が郎從小野田與一、内山, おほせにいはく、かの惡黨をからめとるにおゐては忠節たるべし、もし謀ならすは討取, 信玄三州をせめんとしてうかゞふ時、甲州の惡黨等内應のため、かくれて鳳來寺にある, 多中務大輔にをふせつけらる、これによりて、本多三彌、三浦九兵衞、久貝市右衞門尉、福, 八郎力を得、返し合す、敵眞綱に向ひせめ戰ふ、眞綱敵三人を射ふせたり、時に味方返合, 北のゝち大手口に馳參す、折ふし敵城中より〓出、味方すてに引退んとするときに、松, 尾五左衞門尉、渡邊半兵衞、をなじく弟墨右衞門等五六輩をえらひ、御前にめし出され、, 下源七郎一人ふみとゝまりて、うち死す、この節左より敵馳來て、小山彦八郎を追かく、, よし、上村土佐守上聞に達しければ、かの地の國境遁れ去さる前にからめ捕へき旨、本, 戰功, 長篠ノ戰, 小山ノ戰, 三方原ノ, 功, 功, 元和六年雜載, 三一六

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  • 戰功
  • 長篠ノ戰
  • 小山ノ戰
  • 三方原ノ

  • 元和六年雜載

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  • 三一六

注記 (23)

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