『大日本史料』 10編 11 元亀3年12月~同年是歳 p.251

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ば、息つかれて心ならずも引退く、家康公此體を御覽有て、石川伯耆守數正に二の目を仕, をそろへ、敵の馬を〓立つべしと下知す、數正が小姓頭外山小作一番に下り立ち、青貝柄, 七九郎は、味方の引くに目も掛けず、さん〴〵に攻戰ひしが、もとより目に餘る大軍なれ, 大膳大夫信玄なり、外の者は何騎〓落しても、みな〓捨てなりといふて、猶〳〵敵陣へ乘り, も外山小作雜兵數十人〓き伏セ、母衣武者三騎〓落しけれ共、首を取らず、傍ばいども小, 作に向ひ、母衣武者を〓き伏セながら首を取らずして、何れの武者を討て高名にするや、, り、小山田が軍勢案のことく馬上にてかけ立んとはセ合せしを、數正が二百餘騎鑓をそろ, の大身の鑓をふり廻し、早く下り立てはセ廻れば、何れも下り立、鑓をそろへてすゝみけ, し、鑓をそろへて兩方入り亂れて、さん〴〵に相戰ふ、敵味方互に高名數をしらず、中に, と呼はりければ、小作ふり返りて莞〓と笑ひける、我等が高名にするは、八ケ國の大守武田, 者なるぞ、同じく馬上にてかけ合ふならば、かけ立られん事うたがひなし、皆下り立て鑓, は、大軍に士卒おひ立られ、ひたくづれに成て、味方をさして引退く、大久保忠佐・柴田, れと下知し給ふ、數正畏て二百餘騎を引連れ、大音聲に下知しけるは、甲州勢は馬上の達, へて馬をなやますべしと、目下より〓立ければ、甲州勢も馬上叶はずして、皆馬を乘りはな, 元龜三年十二月二十二日, 二五一

  • 元龜三年十二月二十二日

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  • 二五一

注記 (16)

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