『大日本史料』 10編 11 元亀3年12月~同年是歳 p.259

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守に別れ、御旗本へと心ざしけれ共、御籏本七・八町の間敵にへだてられて叶わず、ま, た此道筋は節所にて、馬上ならねば引退きがたく、谷にかゝつて退きけるが、行先に, しけれは、敵も討かたくや思ひけん、數正をすてゝ、迯る者を追ひ行けり、半藏は伯耆, ぎ、沼を越へ申すべし、待給へとて、兄弟づれにて右の沼を越へ、かはた町へと出てけ, 伯耆守數正郎等馬もくたびれ退き兼ある所を、敵六・七人討取らんとしける所、數正乘, は、弟半十郎政綱なり、敵近か付き候はん、はやく退けといゝけれは、草鞋の下がけをぬ, は、庄之助・甚五兵衞落合て首を取る、其後鶴毛の馬に乘り、歩武者五・六人左右にし, ば、亂助弓を射かけけれ共、當らずして敵退く所を、半藏守綱鑓を以て〓倒しけれ, 勝屋甚五兵衞・櫻井, 沼あり、此沼を越へんとしける所、跡より待ち給へと聲かけるゆへ、ふり返つて見れ, 庄之助五人來りけれは、連て夫より玄默口へ退く、此門をかためたり、敵よセ來れ, れ共、味方左右にて討たれ、あまたの敵の中退く事なるまじと、落ち來る味方を待合ヤ, り返して追ひはらふ、郎等を引立退きける、半藏是を見て、八幡見事なりと高聲に褒美, ける所に、天野孫作, 亦曰、玄默口固めの事、渡邊半藏守綱よく防戰して武勇を振ひ、濱松へ引退く所に、石川, 渡邊平六直綱・佐橋亂助, 元龜三年十二月二十二日, 助とも, 又亦作, とも云、, 亦佐脇亂, 元龜三年十二月二十二日, 二五九

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  • 助とも
  • 又亦作
  • とも云、
  • 亦佐脇亂

  • 元龜三年十二月二十二日

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  • 二五九

注記 (23)

  • 1282,747,71,2181守に別れ、御旗本へと心ざしけれ共、御籏本七・八町の間敵にへだてられて叶わず、ま
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