『大日本史料』 11編 6 天正12年3月 p.525

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つてのきし也、, んとせし處に、はや一揆共雲霞のことくおこり來て、茂助か宿陣乃るしき, を幾重共なく打圍み、弓鐵炮を打入〳〵、時の聲を作りかけ、既に攻入んと, に火をかけ、心しつかにのおしに、敵も慕はされは、彌しけ〳〵と坂に〓ゝ, 拂ひを致し退候へと被仰付しかは、堀尾奉り、御心安おほされ、ゆる〳〵と, なれは辰の刻計にゑう〳〵里をはなれ、野へ上りしかは、いさ堀尾も退な, 弓鐵炮を張出し、雜人原は先へ退つゝ、かるき者八百計にて有しか、觀音堂, 斯て翌日本陣樂田へ勢を可打納との事に極て、明日も又殿は堀尾茂助, りと、其比の風俗咸感しけわ、, 殿は堀尾茂助仕候へ、即此龍泉寺に殘て、吾馬しるし下なる川を越なは、陣, 川を御越候へ、某是にあらん程は、能に沙汰し可申と云て、小幡乃方に向て、, と妥うみえたりしは、豈韓信か下風に非乎、夜をこめつゝ退けまとも、多勢, 二萬騎の勢を段々に備させ、くり引に引給ふか、順風乃船下坂の車よりい, 秀吉卿十二萬騎之勢を打納給ふ事, にて有けれは、篠木の内大草村に在て、其時刻をそ待にける、秀吉十, 生吉晴, 帶刀先, 後, 號, 秀吉兵ヲ, 樂田ニ退, 可晴殿ス, ノ陣ヲ襲, 一揆可晴, 天正十二年四月九目, 五二五

割注

  • 生吉晴
  • 帶刀先

頭注

  • 秀吉兵ヲ
  • 樂田ニ退
  • 可晴殿ス
  • ノ陣ヲ襲
  • 一揆可晴

  • 天正十二年四月九目

ノンブル

  • 五二五

注記 (26)

  • 1242,611,54,425つてのきし也、
  • 410,605,63,2205んとせし處に、はや一揆共雲霞のことくおこり來て、茂助か宿陣乃るしき
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