Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
座に差置見ニは、泥返シの所は〓て、常の鐙の居りとは違候由、直ニ見たる, 申代々子孫迄、家督相續候、又五六懸の木鐙壹懸、是も公方樣ニ貳懸、御家に, 院樣には、御後室樣也、依て人々、御後室樣なりと奉申しとなり, 人の咄ニて候、其外、眞壺茶器之類、又は小野ノ小町の手馴し和琴、同机、又天, 又一説に、信枚公初の御前樣は, 一懸、都合三懸外ニ無之由、作之至極、尤金鐙ならす、外は木地を其儘、内朱塗, 守きほうし橋、乍恐屋形號、是等は、天下ニはほゝ有へたれ共、御家並ニは、珍, 〓、御代ニ至り、深津之苗字本田相改候由、久右衞門嫡ニ、本田安郎左衞門と, 頭役勿論也、右之通故、御當家ニ今不絶、半合足輕被召連候よし、御靈社樣, 連候、其時の頭は、深津久左衞門と申仁、御家へ參候ては、貳百石知行被下、物, 西の郭にて、御捨身なされ候と云、右御死去の年月、御法名ともに不詳、葉縱, 樣御代、慶長十七年、上樣へ御縁組有て、桂林院樣被爲入候節、半合足輕被召, 〔津輕信枚公御代日記〕, 松前志摩守樣, 器古キ御家之御規模也, の御姫君御入輿被遊、御婚禮相濟候て、翌年の春、御本城, 〔寛政重修諸家譜〕, 福島正則, ○上略、滿天姫婚嫁, 千四百, ○慶, 廣, 三十九, ノコト二力ヽル, 信, 政、, 信枚ノ前, 室, 慶長十七年六月二十五日, 九一二
割注
- ○上略、滿天姫婚嫁
- 千四百
- ○慶
- 廣
- 三十九
- ノコト二力ヽル
- 信
- 政、
頭注
- 信枚ノ前
- 室
柱
- 慶長十七年六月二十五日
ノンブル
- 九一二
注記 (30)
- 1086,607,73,2224座に差置見ニは、泥返シの所は〓て、常の鐙の居りとは違候由、直ニ見たる
- 1304,603,74,2230申代々子孫迄、家督相續候、又五六懸の木鐙壹懸、是も公方樣ニ貳懸、御家に
- 293,623,73,1869院樣には、御後室樣也、依て人々、御後室樣なりと奉申しとなり
- 976,610,74,2227人の咄ニて候、其外、眞壺茶器之類、又は小野ノ小町の手馴し和琴、同机、又天
- 655,1920,61,927又一説に、信枚公初の御前樣は
- 1193,621,78,2223一懸、都合三懸外ニ無之由、作之至極、尤金鐙ならす、外は木地を其儘、内朱塗
- 865,611,76,2224守きほうし橋、乍恐屋形號、是等は、天下ニはほゝ有へたれ共、御家並ニは、珍
- 1420,631,76,2200〓、御代ニ至り、深津之苗字本田相改候由、久右衞門嫡ニ、本田安郎左衞門と
- 1537,598,78,2183頭役勿論也、右之通故、御當家ニ今不絶、半合足輕被召連候よし、御靈社樣
- 1651,595,79,2231連候、其時の頭は、深津久左衞門と申仁、御家へ參候ては、貳百石知行被下、物
- 404,618,78,2233西の郭にて、御捨身なされ候と云、右御死去の年月、御法名ともに不詳、葉縱
- 1770,597,75,2224樣御代、慶長十七年、上樣へ御縁組有て、桂林院樣被爲入候節、半合足輕被召
- 617,571,104,725〔津輕信枚公御代日記〕
- 521,618,57,416松前志摩守樣
- 756,613,60,709器古キ御家之御規模也
- 528,1186,73,1659の御姫君御入輿被遊、御婚禮相濟候て、翌年の春、御本城
- 157,588,101,563〔寛政重修諸家譜〕
- 187,1493,52,281福島正則
- 674,1362,45,531○上略、滿天姫婚嫁
- 212,1211,39,178千四百
- 555,1062,39,108○慶
- 507,1059,41,42廣
- 168,1218,39,171三十九
- 640,1367,29,455ノコト二力ヽル
- 1543,2781,38,42信
- 1448,608,41,53政、
- 654,245,41,176信枚ノ前
- 607,248,43,42室
- 1887,663,46,469慶長十七年六月二十五日
- 1904,2397,43,121九一二







