『大日本史料』 12編 10 慶長十七年八月~同十八年二月 p.8

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ノ彦介計籠者いたし候、, 次に右之樣子たつね候へは、小平次申分は、客來御座候而、たはこ入申候間、, 江戸ノ五郎作と申ヲ頼、かいよせ申候而、つかい申候殘りたはこ、正三郎二, は、庄内小平次と申者ニ、二三まいほとゑ申候たはこの殘り之由申候、小平, いたし候由申候、五郎作ニ、何方ゟたはこ買候而參候由たつ〓候へは、若松, の彦助と申者の處ゟ、かい申候由申候間、彦介めしよせたつ手候へは、横堀, 參候而、五左衞門頼賣申候内ヲ、右之五郎作ニ、たはこ一兩賣候由申候、五左, ニ居申候熊衞門と申者、我等おやろたの京之五左衞門處へ、ぬところに入, 衞門は、彦介からめ候内にけ申候、夜中ニ候間、取にかし候由、使之者申候、則, たさかし被申候へ共、熊衞門居處しれ不申候、右三人は則はなし候て、若松, 熊右衞門儀ヲハ、箭房州へ檢使ヲ差添、以書状ヲ申理候へは、夜中なから、小, 申分、右之たはこ賣主熊右衞門尋見可申候間、五三日も待候樣ニと申樣間, 野よこほり否さかし被申付候へとも、熊衞門無之ニ付而、院内町中長倉迄, 七月十二日、右之たはこ賣彦助、今日せいばい可申と存候處ニ、丹後與兵衞, 其分申付候、先ろうしやいたし候、, 慶長十七年八月六日, 八

  • 慶長十七年八月六日

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