『大日本史料』 12編 13 慶長十八年九月~同十九年四月 p.419

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石の所下され候て、引込り罷在候、其段、伏見大地震の時、諸人御機たん伺ひ, 紙を仕、可差上よし申上候、權現樣、誓紙は人も存候間、口上にて可申上との, 青山常陸へ、姉娘を大久保相摸へ、御袋と内室をは、我等かいほう仕へしと, 御言葉下されすと申、伊与とかく死に參り候からは、又罷出候へとなり、又, 申、左樣に浪人にて居たるよりは、死たるか増しなるへし、壹ゝ死に參れと, として參候時、佐渡被申候は、此度御機けん伺ひに參る間敷やといふ、茂助, 御手自諸大名衆へ下され候、茂助を御覽なされ、何とも御言葉かゝり不申, は、重手て我まゝなる事申間敷と誓文を立可申よし仰られ候、茂助、明日誓, 候事二度なり、阿部伊与、首尾は如何と尋被申候、兩度御覽なされ候へとも、, と望候へとも、夫には及はす、死後の差圖は、我等可仕とて、同苗内藏之助を, 申さる、茂助尤と得心し、さらは、西尾隱岐、阿部伊与方え状を添玉はるへし, 有しゆへ、茂助は伏見へ參り候、權現樣にき、いろりのはたに御料理遊され、, 々罷出候へは、權現樣につこと御笑ひなされ候、茂助も大悦仕候時、御意に, 我等ハ浪人の身として、御機けん伺ひに罷出候はゝ、御殺もなさるへくと, 候へと仰られ候、然とも、浪人にては食物有ましく候間、いるまつにて五百, 慶長十九年正月十四日, 四一九, (川カ)

  • 慶長十九年正月十四日

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  • 四一九
  • (川カ)

注記 (18)

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