『大日本史料』 12編 13 慶長十八年九月~同十九年四月 p.446

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

東より大久保相州、切支丹吟味役とし之上洛あり、か乃宗門乃者共を悉く, たき、是則傳宇須尊乃御慈悲、たとへ此身は八さきにあふとても、頓そ天上, 重、吟味を遂らるゝといへ共、命を捨そ思ひ入たる愚人共にきす、然るに、關, とて、寺ゟ手形を取、其後改宗乃者は、御壹すけなさる加樣にして、ころばぬ, のは、たすくると、役人とも、一々申聞せたれとも、初乃程は聞入す、扨々有か, 度なりて、俄に改宗を願ふ者は、町所の役人年寄に請合させ、何宗門に成候, 今にしたへげる御事は、ふしんはれかたしと云々、, とらへ、俵に入、五所繩にて結、首計出し、四條五條の川原へ出シ、改宗するも, 者あり、是界依く、又此宗旨乃者多くなり差る、其頃京都にき、板倉伊賀守勝, へ引上らんとて、破羅夷増有乃文を唱へ、改宗せぬ者を有、中にもこあひ出, のざい〳〵に、そくたく乃高札ありといへとも、〓〳〵もすれば、十人廿人, 部乃樣に出立、かゞみを見せ、物をあたへなとして、此宗門をすゝめありく, 近江丹波なとにて、六十六, にゝけかし出されて、火あふり、けかはつけ、水つけ、さま〳〵の御せいはい, 〔切支丹來朝實記〕寛永三年乃頃, 者は、俵に得みて燒殺し給ふ、又其頃遠江すみ竹と云所に、此宗門起り、是出, ○慶長年中ノ, 誤ナルベシ、, 誤, モノハ寺, ヨリ手形, 改宗スル, 遠江國ノ, 耶蘇教待, ヲ取ル, 慶長十九年正月十七日, 四四六

割注

  • ○慶長年中ノ
  • 誤ナルベシ、

頭注

  • モノハ寺
  • ヨリ手形
  • 改宗スル
  • 遠江國ノ
  • 耶蘇教待
  • ヲ取ル

  • 慶長十九年正月十七日

ノンブル

  • 四四六

注記 (27)

  • 956,627,88,2208東より大久保相州、切支丹吟味役とし之上洛あり、か乃宗門乃者共を悉く
  • 611,636,85,2210たき、是則傳宇須尊乃御慈悲、たとへ此身は八さきにあふとても、頓そ天上
  • 1072,625,88,2209重、吟味を遂らるゝといへ共、命を捨そ思ひ入たる愚人共にきす、然るに、關
  • 260,644,87,2196とて、寺ゟ手形を取、其後改宗乃者は、御壹すけなさる加樣にして、ころばぬ
  • 727,638,83,2199のは、たすくると、役人とも、一々申聞せたれとも、初乃程は聞入す、扨々有か
  • 376,638,90,2214度なりて、俄に改宗を願ふ者は、町所の役人年寄に請合させ、何宗門に成候
  • 1542,635,72,1427今にしたへげる御事は、ふしんはれかたしと云々、
  • 843,635,83,2203とらへ、俵に入、五所繩にて結、首計出し、四條五條の川原へ出シ、改宗するも
  • 1190,624,87,2212者あり、是界依く、又此宗旨乃者多くなり差る、其頃京都にき、板倉伊賀守勝
  • 493,652,83,2192へ引上らんとて、破羅夷増有乃文を唱へ、改宗せぬ者を有、中にもこあひ出
  • 1780,624,76,2192のざい〳〵に、そくたく乃高札ありといへとも、〓〳〵もすれば、十人廿人
  • 1305,617,82,2213部乃樣に出立、かゞみを見せ、物をあたへなとして、此宗門をすゝめありく
  • 1448,2055,58,772近江丹波なとにて、六十六
  • 1664,628,76,2202にゝけかし出されて、火あふり、けかはつけ、水つけ、さま〳〵の御せいはい
  • 1399,580,105,1037〔切支丹來朝實記〕寛永三年乃頃
  • 142,647,89,2191者は、俵に得みて燒殺し給ふ、又其頃遠江すみ竹と云所に、此宗門起り、是出
  • 1468,1634,43,382○慶長年中ノ
  • 1424,1632,47,344誤ナルベシ、
  • 1424,1632,41,39
  • 373,278,37,164モノハ寺
  • 322,284,39,157ヨリ手形
  • 410,270,42,161改宗スル
  • 163,278,40,160遠江國ノ
  • 119,278,43,167耶蘇教待
  • 280,280,36,110ヲ取ル
  • 1890,681,47,426慶長十九年正月十七日
  • 1917,2407,40,120四四六

類似アイテム