『大日本史料』 12編 13 慶長十八年九月~同十九年四月 p.633

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を御かいゑき之時も、もが見之しおき可仕と仰被付而、召たかわされ而、其, やと、斯の〓く口論次第につのりて、既に喧嘩に成へき樣子なりし、, 之むくいかと、又せけんにて犬打わらんだ迄申成、, あだけられ而、四方にさくを付、ほりをほりて番を被付而ゐたり、みな〳〵, しおきとあつて、京都へ召たかわされ、其跡にて御かいゑき被成、又上野守, て、方顏くだれて、おくばの見へにれば、其儘死、子にて有上野守は、御かいゑ, にも候哉、よき因果はむくへ共おぼへなし、あしき因果のあしくむくうは, 見へやすし、さも有か、佐土は、三年もすごさずして、顏にとうがさを出かし, 申ならわすも、げにはさも有か、相模守御かいゑきも、大テす御たいじの御, なりと申、横田、それならは、猶以臆病なり、何とて上野介方へ行て不打果候, 跡にて御かいゑき被成候へば、同ずくに候故、さては、さゝゑ申たるか、因果, き被成而、出羽之國ゆりへながされて、其後あきたへながされ而、佐竹殿に, 蒙りしや、世間にては逆心なりといふ、彦左、此事は上野介かさゝへしゆへ, 横田甚右衞門、大久保彦左衞門、今村けたの助なと咄さ, 横田曰、大久保相模守事は、何ゆへに御勘氣, れしに, 〔明良洪範〕, ○上, 下略, ○中略、甲州、三州ノ士ノ, 續集, 剛臆ノコト二カヽル、, 十, 忠隣ト正, 純, 因果ノ報, 慶長十九年正月十九日, 六三三

割注

  • ○上
  • 下略
  • ○中略、甲州、三州ノ士ノ
  • 續集
  • 剛臆ノコト二カヽル、

頭注

  • 忠隣ト正
  • 因果ノ報

  • 慶長十九年正月十九日

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  • 六三三

注記 (28)

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