『大日本史料』 12編 14 慶長十九年五月~同年九月 p.588

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めても、我か片はちにも及すといふ事なりといふ、, の仁右衞門か弟、實は甥成る由にて、傳右衞門別に家を立、實子傳之丞幼少, 〓蹈む眞似を仕り、御入興より鷺と召れ、夫より鷺と改させ給へり、その子, 州名古屋の御旅館の時、水邊へ御成有て御遊興の時、權之丞川へ飛入、鷺の, 鷺仁右衞門、その子肥り仁右衞門、その子當時の仁右衞門なり、鷺の二代目, に付、養子を以て家を繼しめて、山三郎と云て勤させしか、早世す、時に傳之, 依て似我與左衞門と人呼ふ、其子孫左吉と號す、, て弟子ともに教るには、己太皷を打て見せて、我に似よ〳〵と云たり、是に, を以て家を繼しむ、是當時の傳右衞門なり、, 觀世左吉か大皷の家は、似我か傳流也、左吉か先祖觀世與左衞門、上手にし, 丞成長し、傳右衞門と名を改、家を繼、柏子利なり、渠死して子なく、妻女の甥, 私曰、此家に片はちと云事あり、是は先祖名人にして、四座を殘らすあ的, 鷺の家は、本名長命にて、長命權之丞狂言上手にて、大閤の御意に入なり、九, 鷺仁右衞門、同傳右衞門、狂言の家由緒、并鷺と名付し來由之事, 觀世左吉太皷の家由緒并似我之事, 慶長十九年九月三日, 衞門, 狂言師鷺, 似我與左, 家ノ由來, 觀世左吉, 命權之〓, 秀吉ト長, 慶長十九年九月三日, 五八八

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  • 衞門
  • 狂言師鷺
  • 似我與左
  • 家ノ由來
  • 觀世左吉
  • 命權之〓
  • 秀吉ト長

  • 慶長十九年九月三日

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  • 五八八

注記 (25)

  • 1200,665,56,1495めても、我か片はちにも及すといふ事なりといふ、
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