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書寫したきよし申上調たり、, 子、後年本家の家督を相續す、, の家臣小野和泉といふ者の女也、其始關白秀次公の御家人鹽川志摩と云, と共に播州網干に在しが、池田輝政姫路在城の時、召出され禄を給ふ、鹽川, 子公義へ召出されて、三千石賜はり、眞田勘解由と名乘たり、此勘解由の男, 者の妻と成しが、死別の後、天樹院樣, 大坂城へ御入輿之時、御介添, 夫ゟ御暇取、京都に置れたり、男子一人産たり、おつう、江戸にては春日の局, 喜太郎と云へり、外に女子壹人あり、おつう内裏に仕へし時、相伴て是をも, 院樣へ相招かれ相勤、後年江戸へ召され、百人扶持貳百兩の御合力を賜る、, と懇にして、執成し多きを以て、稻葉美濃守の吹擧にて、眞田内記の胤の男, に成て御供す、尤秀才にして萬に器用也、然るを陽光院の女御新上東門院, 御入内の時、御貰ひにあつかり參て供奉す、其後御暇取しかば、直ニ東福門, かゝりし女なれは、大御所樣の御前へも、以前より度々罷出しより、尊影を, 在仕せしむ、將軍家上洛の時、眞田内記供奉し、逗留の内、此女子と密に通じ、, 渠か男子、父, 望海毎談〕小野のおつうといふ女は、常陸水戸の城主武田常陸介信吉卿, ト稱スル豐臣秀吉ノ晝像アリ, ○京都金戒光明寺ニハ、お通ノ筆, 女千代姫, ○秀忠ノ, 性ニ關ス, お通ノ素, ル説, 慶長十九年九月二十一日, 八一五
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- ト稱スル豐臣秀吉ノ晝像アリ
- ○京都金戒光明寺ニハ、お通ノ筆
- 女千代姫
- ○秀忠ノ
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- 性ニ關ス
- お通ノ素
- ル説
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- 慶長十九年九月二十一日
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- 八一五
注記 (26)
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