『大日本史料』 12編 15 慶長十九年十月~同年十一月 p.441

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本多忠政、伏見ニ陣ス、, 可然候哉、是は我等内證被申事御座候、何共爰元へ不承候間、可仕樣も, 候、大坂之儀者、堺表へ可相働由申來候、武具は此時ニ御座候間、いつれも御, 無御座候間、ふしみへ早々御着候て、各御談合可被成候、まつ〳〵右之, も、よく御座候はん哉、急伏見迄御越候て、各御談合被戌、御極可然候、佐和山, 御座候、貴樣はふしみへ御越候て、御なかたニ御座候之よしる、先大, 衆、懸川衆も、はや伏見へ被參候、稻葉大夫殿、分部左京殿、跡ゟ被罷上由尤存, 就其、御宿之儀承候、何共樣子不承候、併御さき手之儀候間、淀橋へ御越候て, 御状拜見仕候、去十一日、桑名御立、十六日ニ者、伏見迄可有御着由、尤之義候、, 通可被成候、どれ〳〵も、此方へ御理候へ共、樣子不承候故、申付やう無, 坂へ之おとろき爲にて御座候間、何も人數をは、よととばはしもと邊, へ被遣、可然と存事候、以上、, つさきへ人ニて、御越候て、よど鳥羽はしもと邊ニも、御陣とらせ候て, 〔譜牒餘録, 尚々、御家中之儀、草津かぜゝ邊ゟ、武具ニ〓御のほせ可被成候、まつま, 三十, 本多中務大輔二, ルハ大坂, 見ニ陣ス, 二集合, 將ト合議, 忠政ノ伏, 伏見ニ急, ヲ驚カス, 出立, 忠政桑名, 行シテ諸, 大坂ノ兵, 爲メ, セシム, 諸軍伏見, 堺ヲ攻ム, 慶長十九年十月十六日, 四四一

割注

  • 三十
  • 本多中務大輔二

頭注

  • ルハ大坂
  • 見ニ陣ス
  • 二集合
  • 將ト合議
  • 忠政ノ伏
  • 伏見ニ急
  • ヲ驚カス
  • 出立
  • 忠政桑名
  • 行シテ諸
  • 大坂ノ兵
  • 爲メ
  • セシム
  • 諸軍伏見
  • 堺ヲ攻ム

  • 慶長十九年十月十六日

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  • 四四一

注記 (34)

  • 1909,566,73,708本多忠政、伏見ニ陣ス、
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