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○以下池田忠長ノコトニ係ル, 守長晟の人數を以、明十九日攻取へしと也、又松平宮内少輔忠雄者遊軍と, 猶々、被入精候故、一人も不殘御とらへ候事、誠手柄共候、宮内樣、今度ゑつた, 相圖のことく、十九日の未明ニ打立て、蜂須賀か拔かけして前に押寄しを, 聞て、淺野勢急に川を渉して船を乘沈め、人數多く溺れ死す、其隙蜂須賀他, 働旨也、然るに蜂須賀者、竊に手勢を催し、十八日の夜中ニ打立たり、淺野者, 軍と不雜して、終砦を乘取たりといふ、, 出也、, なりて、何を能可相議、此場所は人數の懸引不自由の地なれは、無越度可相, 同十八日、被仰出者、穢多ケ崎砦押手者、蜂須賀阿波守至鎭、搦手は淺野但馬, 〔廣田文書〕, 〔杏陰稿〕一從四位下拾遺補闕兼藝備二州都督淺野公神道〓, 十一月、公與蜂須賀某密謀、擬襲穢多城、告之營中、忽乘戰〓、短兵急拉、敵棄城, 〔淺野考譜〕三十一月十二日、長晟事、大坂城面の攻口に可附仕寄旨被仰, 而道、兩將略其地而進攻、相國褒其雄才、以爲勝父兄矣、, ○淡, 下略, ○上, 路, 淺野氏ハ, 搦手, 淺野氏ノ, ハ押手, ハ遊軍, 兵多ク溺, 蜂須賀氏, 松平忠雄, 死ス, 池田忠長, 慶長十九年十一月十九日, 一三三
割注
- ○淡
- 下略
- ○上
- 路
頭注
- 淺野氏ハ
- 搦手
- 淺野氏ノ
- ハ押手
- ハ遊軍
- 兵多ク溺
- 蜂須賀氏
- 松平忠雄
- 死ス
- 池田忠長
柱
- 慶長十九年十一月十九日
ノンブル
- 一三三
注記 (31)
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