『大日本史料』 12編 16 慶長十九年十一月~同年十二月 p.965

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より夜討ニ罷出候、團右衞門人數以上廿一人、合印は白き三尺手拭こて、甲, の上を鉢卷いたし、白き布をりたかみニむすひ付候て、合言葉さいかと問, 引候へ共、此橋計殘し置れ候子細は、十兵衞中筒の名人なる故ニ、人數五百, 計にて固申候、夫故此橋筋には、初中後敵立よりいたす事成不申候故、此門, 心を合せ、あはち町筋の門ゟ出、中村右近陣塲へ夜討いたし、方々の橋何も, 阿波守本陣は西本願寺の御堂ニて、此筋ゟ者、程遠く御ざ候、阿波守内中村, し度との相談ニて、幸伴團右衞門は大野主馬組成故、内々此夜討を心懸ケ、, 東表桑山十兵衞役所あはち町筋の矢倉へ上り、廿日計遠見を致候、蜂須賀, 右近、ありち町筋ゟ南の方御城惣搆より壹町計引退、小屋を掛、堀一重ほり、, 阿波守ニ乘取れ、諸人の笑くさニ成、大野一門取分阿波守本陣へ夜討いた, 團右衞門致夜討候意趣は、籠城の始、大野道犬ばくろうか淵取手を、蜂須賀, さくをにけしほり門を立居中候を、團右衞門能々見屆、有夜桑山十兵衞ニ, 候、人ニより、是は請不申候よし、以上、, は申上候事不罷成よしにて、後藤組は無別條、長門組は長門假感状を出, 〔大坂御陣山口休庵咄〕伴團右衞門蜂須賀手へ夜討之事, 蜂須賀氏, ヲ視察シ, 營ヲ襲ハ, 村重勝ノ, 直之敵陣, ノ部將中, 桑山十兵, 襲ノ趣意, 大坂勢夜, 直之手兵, 衞, 夜襲ノ時, ノ軍裝, ントス, 慶長十九年十二月十六日, 九六五

頭注

  • 蜂須賀氏
  • ヲ視察シ
  • 營ヲ襲ハ
  • 村重勝ノ
  • 直之敵陣
  • ノ部將中
  • 桑山十兵
  • 襲ノ趣意
  • 大坂勢夜
  • 直之手兵
  • 夜襲ノ時
  • ノ軍裝
  • ントス

  • 慶長十九年十二月十六日

ノンブル

  • 九六五

注記 (31)

  • 395,619,70,2215より夜討ニ罷出候、團右衞門人數以上廿一人、合印は白き三尺手拭こて、甲
  • 279,618,70,2211の上を鉢卷いたし、白き布をりたかみニむすひ付候て、合言葉さいかと問
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