『大日本史料』 12編 16 慶長十九年十一月~同年十二月 p.933

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はし、今夜城戸迄詰來候者、修理ならては無之候、御先手之御横目ニ候, 大野主馬與力横地理右衞門、物見之役人吉田彌左衞門と名乘候ニ付, 邊ニ走來候處、賀島主水殿、伴團右衞門を槍付らま」、御討捕候場ニ及ひ, 〓合候由、理右衞門槍、此方左之脇へ當り、具足を通し、肌着ニ〓留り申, 私義も、蜂須賀阿波守、先手横目役岩田七左衞門と互ニ名乘、槍を合を, 條、此躰見屆候得と申被聞候、其節答申候は、私義夜討と承候〓なや、此, 不意の義ニ〓、團右衞門死を遁候始終の趣物語仕、然は此邊へ御詰來、, 候、其後彌城戸口へ追詰參候處、兩人共、城戸内へ引退、則城戸を指かた, 馬與力伴團右衞門と名乘、城戸内へ引入候、其刻私、主水へ詞をかはし、, く殘念成義と申、其ゟ立別れ、城戸口之方へ罷越候へ者、少之物陰ニ一, 今夜橋詰ニ〓一番の高名外ニ無御座候處、不意之仕合ニ〓御討捕な, 即槍を免され候と相見へ、靜ニ起あかり、其儘橋口へ參、今夜の物頭主, 兩人之聲ニ〓物申躰見懸候ニ付、其儘走より詞を懸し處、夜討之物頭, め申候ニ付、立歸候得者、稻田修理槍を提參られ、橋なかはにて詞をか, を引給へ、戰場之疵名末代之高難と、御軍中之合詞紛レなく聞へ申候, 慶長十九年十二月十六日, ノ臣ト戰, 岩田政長, 大野治長, 敵ヲ追ウ, テ城門二, 稻田修理, 迫ル, 慶長十九年十二月十六日, 九三三

頭注

  • ノ臣ト戰
  • 岩田政長
  • 大野治長
  • 敵ヲ追ウ
  • テ城門二
  • 稻田修理
  • 迫ル

  • 慶長十九年十二月十六日

ノンブル

  • 九三三

注記 (25)

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