『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.443

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門ニくみ申候、團右衞門、宗古を引よせ、脇ニしめたけかしのいの町の出口, ほりを指申候、此時の樣子、一人も不殘候故、城中ニ不存候所ニ、かしのいの, 町ニ、内々城中へ紀伊國ゟ内通のもの御座候〓、明ル日大坂へ參り、右之樣, まて引つれ參り候處ニ、宗古家來追かけ、其中ニ十七八戌小性、團右衞門し, 候、其内の大將白さきのみの毛の具足羽織、同みの毛のたおいかけさせ下, 知致し、團右衞門組四人迄討取申候、彼大將龜田大隅と名乘、團右衞門ニ打, 衞門指物は手嶋莚と金の御へいと白きのほりニ、墨ニ〓伴團右衞門と大, いかゝ存候哉、組共ニ七騎かしのいの町へ引取申候所、町の内にて黒具足, て掛り申候所ニ、團右衞門も、伴野團右衞門と名乘、互に近〳〵と寄申候か, 文字ニて書申候を、かはり〳〵さし申候、此時大坂を出申候には、右の白の, 拂、又馬ニ乘、右かしのいの町ゟ濱手へ出申候所、敵の馬上十騎計かけ出申, 宗古ニ首をとられ、殘る六騎之大坂勢其處にて何も殘らす討れ申候、團右, ころニ取付、うしろへ引たをし、内甲をつゝけ打ニ十計打申候時、團右衞門, ニ黒きふろかけたる小男一人、團右衞門ニかけ合、上田宗古と名乘、團右衞, 子申上候を、大野修理、木村長門なと罷出、樣子承り、彼もの口上書付申候を, 直之ノ指, 宗古ト戰, 直之戰死, 直之上田, 直之龜田, 高綱ト戰, 物, 元和元年四月二十九日, 四四三

頭注

  • 直之ノ指
  • 宗古ト戰
  • 直之戰死
  • 直之上田
  • 直之龜田
  • 高綱ト戰

  • 元和元年四月二十九日

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  • 四四三

注記 (24)

  • 1203,641,59,2217門ニくみ申候、團右衞門、宗古を引よせ、脇ニしめたけかしのいの町の出口
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