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井平左衞門, 揚たり、團右衞門は、其砌田子助左衞門、龜田大隅、八木新左衞門, か弓の絃を團右衞門十文字の鎗にて上な、然る所へ八木新左衞門かゝり, を忍へて、床机にて摩を取たりし也、最早望み足りぬる上は、重〓事有は、太, を引廻大將には得成ましきと叱しを無念におもひ、一生之爲に一度〓を, 取、將帥の功を左馬之助にみをたきと念願をしにより、夜討の時も、手乃痒, 候、團右衞門手負、小家の壁に寄かゝり、八木と鑓組、〓こにて討死、首をは八, 衞門ハ知行二百石取ル、團右衛門浪人トナリテ、貧窮ノ躰ナルヲ、木村常陸, 刀は目釘のこたへるまて、鑓は端金の抜迄働て打死して林にみをんと云, 木に被取、其組衆死體を埋たる堀、樫井町の北の端に有しを、紀伊國衆小笠, 原作右衞門と云人、團右衞門親類にて、其塚に五輪を立ル、于今五輪ある故, 介小姓ドモ不便ヲ加ヘ、衣裳ナドヲトラセテ、其加力ニテ加藤左馬介ヘ歩, しか、果して翌年四月廿九日、泉州樫井合戰に晴なる討死して、名を雲井に, 横, なとゝ戰しか、田子か放つ矢に中り、深手負候得共、田子, に、往來の心有人は、馬乘物より下りて、是を拜して通ると也, 〔武功雜記〕, 武功雜記〕墻團右衞門ハ筑前中納言家人瀧權右衞門ニツカフ、權右, 塙團右衞門ハ筑前中納言家人瀧權右衞門ニツカフ、權右, 淺野左衞, 門家人, 上田宗, 古家來, 塙團右衞門ハ筑前中納言家人瀧權右衞門ニツカフ、權右, 伴, 嘉明ニ仕, 直之加藤, 直之ノ塚, フ, 元和元年四月二十九日, 四九二
割注
- 淺野左衞
- 門家人
- 上田宗
- 古家來
- 塙團右衞門ハ筑前中納言家人瀧權右衞門ニツカフ、權右
- 伴
頭注
- 嘉明ニ仕
- 直之加藤
- 直之ノ塚
- フ
柱
- 元和元年四月二十九日
ノンブル
- 四九二
注記 (31)
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