『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.472

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す、横田甚右衞門、大久保彦左衞門、具足に太刀佩て、首の左右に座し、柄に手, らず、我祟をなしてくわざわひをなさんとのゝしり、力強踊り出んとするを, 取しづめるとて、物さわろしろりける事は、ひとへに團右衞門の死靈の口, を嚴重にして、別て我等を實檢のだん、死後のおもひ出、これに過す、當家の, まり熟睡して、夢の覺たる樣に、本氣に成たり、扨權現樣、右の女はいにしへ, 團右衞門にゆかりあるもの成へし、尋手見よと上意成ゆへ、掃部頭僉義い, へきよし上意によつるて、諸將に座備へに列す、御旗本の健士御うしろに座, をかけ實檢濟内は、急度首を見込にらんて座す、尤團右衞門首は、井伊掃部, ばしりなとゝも謂つべしと、諸人興をさます、御たつ浮ゆへ、右之段上聞に, 達しけれは、御思案なされ、團右衞門事は、かくれなき健氣もの、一手の摩も, とりしもの也、首は見くるしくとも、今實檢の法をあらため、各別に出御有, 頭披露有て事濟けり、扨掃部頭陣屋に歸られ、實檢の事を、かの女に語けれ, は、忽ちに言語かはり、誠に家康公は名將也、天下を呑し大將の夜更て軍令, 御利運うたかふ事なしと、幾たびも〳〵口ばしりけるか、そろ〳〵としづ, たされける、かの女いにしへ團右衞門不便を加へてなじみたるもの故、今, 元和元年四月二十九日, ノ首實檢, 團右衞門, 元和元年四月二十九日, 四七二

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  • ノ首實檢
  • 團右衞門

  • 元和元年四月二十九日

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  • 四七二

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