『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.473

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

ろ成と梅秀軒かかたりけるをかき記す也、, 右衞門を押のけて進む、團右衞門申は、先陣は我なり、いかなる事にやと咎, と一つに捨られんかと、女こゝろにいきどふりたるゆへ、斯は口ばしりけ, いはれたる人も、かゝる時には云甲斐なし、一手の大將か、あらぬ奴原の首, るものなり、權現樣御聞被成るゝと、團右衞門かゆかりの者成へしと御心, 置たることに候へは、大學を見捨候て者一分立不申候間、御通し被下候へ, るにて候、大學は〓早三里も可先達と存候、我らは秀頼公より大學へ被付, 〓れは、大學手のものとも申は、大學今朝早天に泉州へ働候、跡より只今參, 度團右衞門討死せしをもツて心中に愁傷し第るか、晝團右衞門はかり實, 州へ働とき、塙は先陣、岡部は中軍、平塚は後軍と定む、然るに大學騎士廿人, 檢にはづれたるといふを聞て、愁ふる心底に無念成事かなと、流石鬼神と, 付ありたる賢慮の程、恐多き事也、忘想の事を申けれは、大將たるものゝ首, 實檢にはづるへきやうなしと、再ひ仰出さる處の御眞實ありかたきとこ, はかりにて、泉州へ駈行、是をは知らに塙軍勢を押出す處に、大學か手勢團, 大坂之士岡部大學、塙團右衞門、平塚五郎左衞門、泉, 〔古老噺〕, ○阪役叢話, 九十所收, 岡部大學, 門ノ先鋒, 塙團右衞, 爭ヒ, 元和元年四月二十九日, 四七三

割注

  • ○阪役叢話
  • 九十所收

頭注

  • 岡部大學
  • 門ノ先鋒
  • 塙團右衞
  • 爭ヒ

  • 元和元年四月二十九日

ノンブル

  • 四七三

注記 (24)

  • 1097,643,58,1296ろ成と梅秀軒かかたりけるをかき記す也、
  • 624,636,65,2227右衞門を押のけて進む、團右衞門申は、先陣は我なり、いかなる事にやと咎
  • 1562,646,61,2218と一つに捨られんかと、女こゝろにいきどふりたるゆへ、斯は口ばしりけ
  • 1676,655,65,2214いはれたる人も、かゝる時には云甲斐なし、一手の大將か、あらぬ奴原の首
  • 1442,647,64,2218るものなり、權現樣御聞被成るゝと、團右衞門かゆかりの者成へしと御心
  • 272,636,63,2208置たることに候へは、大學を見捨候て者一分立不申候間、御通し被下候へ
  • 389,642,66,2224るにて候、大學は〓早三里も可先達と存候、我らは秀頼公より大學へ被付
  • 503,652,67,2214〓れは、大學手のものとも申は、大學今朝早天に泉州へ働候、跡より只今參
  • 1912,642,66,2221度團右衞門討死せしをもツて心中に愁傷し第るか、晝團右衞門はかり實
  • 858,637,63,2224州へ働とき、塙は先陣、岡部は中軍、平塚は後軍と定む、然るに大學騎士廿人
  • 1794,642,62,2222檢にはづれたるといふを聞て、愁ふる心底に無念成事かなと、流石鬼神と
  • 1325,638,64,2236付ありたる賢慮の程、恐多き事也、忘想の事を申けれは、大將たるものゝ首
  • 1212,638,60,2226實檢にはづるへきやうなしと、再ひ仰出さる處の御眞實ありかたきとこ
  • 742,642,63,2224はかりにて、泉州へ駈行、是をは知らに塙軍勢を押出す處に、大學か手勢團
  • 976,1363,60,1500大坂之士岡部大學、塙團右衞門、平塚五郎左衞門、泉
  • 962,596,100,268〔古老噺〕
  • 1010,943,44,322○阪役叢話
  • 968,944,41,248九十所收
  • 1032,272,41,170岡部大學
  • 940,272,41,173門ノ先鋒
  • 986,271,42,172塙團右衞
  • 896,271,44,81爭ヒ
  • 176,715,46,425元和元年四月二十九日
  • 170,2449,45,122四七三

類似アイテム