『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.306

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蜂須賀至鎭、居城ヲ發シテ大坂ニ向フ、, 被攻落ニ議定ス、家康此事喉ニ迫リ、秀頼ヲ可殺ヿヲ不忍、此上ナカラモ有, て言上しけれは、尤におほしめさなゝ乃む手、奉書もておほせ下さよ、とき, に淺野長晟か封地紀伊國にをいて、一揆蜂起し、長晟領國に軍をかへすの, 少きにより、雜兵等、をひ〳〵渡海するをまち、このよし又本多正信により, に着船すといへとも、こしころ分國船數, キ旨被仰遣ケレ〓、秀頼公浪人ノ異見愚案ニ落ケルニヤ、無承引、唯一戰ヲ, 和睦ハ、和州ニテ領知等ノ事宜沙汰、諸浪人ノ命ニ於テハ、聊御綺アルマシ, よしきに〓けれは、一〓乃〓こゝろもとなきにより、長晟か許に使をはせ, 達しけれを、すなはち奉書を賜ふ、二十七日、淡路國沼嶋, 二十九日、和泉國田川, 始ラレハ、運ヲ可任天道ト、スゲモナキ有御返事ケレハ、此上ハ無力トテ御, にをしわたり、, 出陣ニソ極リケル、, 〔寛政重修諸家譜〕, ひおこなにより、四月二十四日、出船すぬ乃と〓ろ、波濤穩ならさりしかは, 蜂須賀至鎭, 領國川口に船をとゝめて、順風をまち、こ乃む手本多正純をも〓〓、上聞に, 乃ち大坂の兵ぬたゝ, 元和元年四月二十四日, ○泉南郡多, 奈川村谷川, 原郡, ○三, 守、略, 十一, 阿波〇上, 三百六, 阿波, 谷川ニ著, ス, 元和元年四月二十四日, 三〇六

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  • ○泉南郡多
  • 奈川村谷川
  • 原郡
  • ○三
  • 守、略
  • 十一
  • 阿波〇上
  • 三百六
  • 阿波

頭注

  • 谷川ニ著

  • 元和元年四月二十四日

ノンブル

  • 三〇六

注記 (33)

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