『大日本史料』 12編 33 元和六年正月~同年六月 p.316

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ため、兩使をはせ〓、住吉乃御陣に至らしめ、本多上野介正純について言, は要害し地たをそより、淺野但馬守長晟とはろりて、味方乃利をうしな, 乃曉に、敵の番船を〓〳〵りをひはらひ、陸より大軍をすゝめ、又船をう, 上する乃とこ海、遮て上使横田甚右衞門尹松、眞田隱岐守信昌、安藤次右, 乃町に逃入、こもを追討して、首數級を得たり、こしよし上聞に達とむろ, ふましきよし仰あり、すなはち士卒をむきゐて、かしこにいたり、十九日, かうぬる、ときに本多佐渡守正信をして、布たゝひ御前にめさ〓、かし地, ろへて、葦嶋にをしわたり、水路よりも攻入むとす、城兵こきを防きとも、, 尼崎の通船を侵し掠むるにより、彼城を攻へきしむ〓申けもは、御感を, 衞門正次、本多藤四郎某穢多崎に來り、台命を達するにより、〓乃よしを, 營にづいり、たふさに其よしを兩御所に言上す、ときに穢多崎の舊城に、, 敵將大野主馬治房、薄田隼人兼相等楯こもり、大船二十餘艘を繋き、淀川、, 攻る〓いよ〳〵急な〓は、終にすもつ〓を得す、みつから城を燒て、仙波, 森甚五兵衞村重に命し、船し〓川筋をめくらしめ、屋ろて茶臼山乃御陣, にふさに語りけまは、四人乃輩住吉に歸り、この日、至鎭か陸地の先手山, 元和六年二月二十六日, 元和六年二月二十六日, 三一六

  • 元和六年二月二十六日

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  • 三一六

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