『大日本史料』 12編 16 慶長十九年十一月~同年十二月 p.314

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により、, 道斷也、士卒景勝を恐るゝ事、敵よりも甚し、下知のきく事武者扱比類な發, より銕炮を打申候、此日城方鑓の名師渡邊内藏介大逃仕候、前方野田の藤, 増と承るに、今朝より粉骨して取布候塲を人に渡し、引取法や有、少も引取, り、銕孫左衞門銕砲を横合に、込替〳〵打を候付、大坂方柵を持事不叶、遂に, て候そ、更に不承屆候、上の御意にても不罷成、軍の習先陣を爭ふ時き、一寸, 事共也、此時丹羽五郎左衞門長重き、上杉後に被陣取候か、先手の戰を見て, 候事不罷成由、景勝は申と、上へ被仰上よとて、少も不退、朝より景勝は鎧を, 畏居く、先手の合戰見物也、景勝傍には、紺地日の丸大四半と、〓の字の大四, 加被申候、大坂方次第にかさみ候時、直江下知にて、大和川堤、芦谷の柵場よ, 不着將机に腰をかけ、城へ向て脇目も不振、馬廻三百餘鎗立頭をかたふけ, 敗軍也、其場を取しき、景勝の勝に成申候、堀尾人數も柵を廻り、大和川洲崎, 半只二本に、淺黄の扇の馬幟推立候、其武者立行儀の正しき事、中〳〵言語, 見の時の喧嘩には、手柄有之候得共、今日き上杉方に被追立、人先ニ逃申候, 景勝旗本へ被參候得共、上杉家の作法にて、備の中へ不入候に付、先手へ馳, 容嚴正, 景勝ノ陣, モ亦大和, ヨリ砲撃, 川ノ洲崎, 忠晴ノ兵, リ攻撃ス, 先鋒ニ加, 丹羽長重, 助ノ敗走, ヲ側面ヨ, 渡邊内藏, ハル, 鐵泰忠敵, 慶長十九年十一月二十六日, 三一四

頭注

  • 容嚴正
  • 景勝ノ陣
  • モ亦大和
  • ヨリ砲撃
  • 川ノ洲崎
  • 忠晴ノ兵
  • リ攻撃ス
  • 先鋒ニ加
  • 丹羽長重
  • 助ノ敗走
  • ヲ側面ヨ
  • 渡邊内藏
  • ハル
  • 鐵泰忠敵

  • 慶長十九年十一月二十六日

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  • 三一四

注記 (31)

  • 173,627,48,208により、
  • 1093,619,60,2215道斷也、士卒景勝を恐るゝ事、敵よりも甚し、下知のきく事武者扱比類な發
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