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も其樣子申上候, 功あり、, に石火矢御仕懸させ被戌候に付、鐵砲頭參候て、鐵砲せり合御座候、組付, の侍共何も罷出候得共、御法度の御意に付罷歸候、然とも高之助儀は隱, 來井川八右衞門、並志賀彦右衞門能存居申候, 晦日、神君の命を奉して、大銃を放ちて、織田, 口へ相着、梅原勝右衞門、梅原頼母、奧山五郎左衞門一所に罷在、鐵砲手少, 渡邊高之助家乘二代目高之助云々、同廿日、生玉へ御出被成、堀詰の櫓, の櫓に、雲生寺居けなに依て、此櫓を鐵砲にて打へしと上意によつく、大, 筒數百挺つるへ放りうつ、城兵騷難儀したなとなり、, 左門の守るところ西南の樓櫓を撃給ふ、此時出雲高清、奧山五郎左衞門等, れ居申候て、藤堂出雲家來と一所に罷在、鐵砲打あひ申候、其樣子出雲家, 手負申候、其時分は九郎右衞門名勘左衞門と申候、御歸陣以後、梅原頼母, 言行録慶長十九年十一月廿九日、内府公より高虎公に命し、城内西南, 同き, 渡邊高之助家乘慶長十九年十一月晦日、せんはへ淺野内匠殿御取込, 〔高山公實録〕, 慶長十九年十一月三十日, 謹按、〓寄とあ〓とも、梅原、奥山の事もあ〓, て、此戰の時の如く見ゆ、故にこゝにあく, ○十, 一月, 二十, 城ノ西南, ノ樓ハ織, 田左門ノ, 守備, 慶長十九年十一月三十日, 五三八
割注
- 謹按、〓寄とあ〓とも、梅原、奥山の事もあ〓
- て、此戰の時の如く見ゆ、故にこゝにあく
- ○十
- 一月
- 二十
頭注
- 城ノ西南
- ノ樓ハ織
- 田左門ノ
- 守備
柱
- 慶長十九年十一月三十日
ノンブル
- 五三八
注記 (29)
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