『大日本史料』 12編 16 慶長十九年十一月~同年十二月 p.677

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骨をにくす、, も同しく命せらるといへとも、當家は諸手より早く成就すとあり、十二, 由に御座候, 矢つるへ〓炮を御打せ御せめ被成候云々、むくの木の厚板にくろか手, の板を打付車を仕かけ申候、此大たてと公儀より渡り申候き、高虎公御, 候き、竹たばを御付させ、築山を御つかせをいろうを上け、毎夜火矢石火, 高虎大筒を打掛させ、終に木村長門守持口の櫓を打破り候、高吉陣頭に, 打入んの爲に、築山を築き井樓を三所に揚〓給ふ所、今日成就す、諸手へ, 吉は伊豫今治を罷立、伊賀上野に至りて、高虎と一手に成相勤候、十一月、, 月五日、今晩より横付の竹束仕寄に命せら〓、七日晩まて當家の諸士粉, 仕寄塲のむかひに、出矢倉御座候き、是は大阪黄母衣の内郡主馬持口の, 宮内家乘慶長十九寅年、和泉守高虎は、十月、江戸を發足仕、宮内少輔高, 延寶西島留書高虎公云々、御仕寄塲は、天王寺口黒門より東の方にて, かへ〳〵相立申候に付、道の通城より見へ不申候, 冬陣日次慶長十九年十二月三日、去月晦日より、城中へ大筒石火矢を, 慶長十九年十二月四日, 御撰大阪記、天和書上略同、謹按、金堀, をも入候て、櫓臺まて堀付るとあり、, 月の誤りなり、下同し、, 〓按、十一月とするは, ケ所ニ築, 井樓ヲ三, 下附ス, 陣頭ニ立, 藤堂高吉, 幕府大楯, ヲ高虎ニ, チテ兵ヲ, 六七七

割注

  • 御撰大阪記、天和書上略同、謹按、金堀
  • をも入候て、櫓臺まて堀付るとあり、
  • 月の誤りなり、下同し、
  • 〓按、十一月とするは

頭注

  • ケ所ニ築
  • 井樓ヲ三
  • 下附ス
  • 陣頭ニ立
  • 藤堂高吉
  • 幕府大楯
  • ヲ高虎ニ
  • チテ兵ヲ

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  • 六七七

注記 (29)

  • 683,693,51,361骨をにくす、
  • 902,701,62,2140も同しく命せらるといへとも、當家は諸手より早く成就すとあり、十二
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