『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.330

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渡り被成候時、味方之諸勢くつれ申とも云云、, 前衆より槍合申候、淺野但馬守殿人數、越前衆の西の方より掛り申を、う, なし、大にいかり給ひ、敗走の者は射殺へし、射よ〳〵と馬上弓の者共に, らかへり勢と、何も意得、惣崩に一度はくづれ申候、然共踏留申候、殿樣の, 勢くづれ申を御覽被成、弓の衆へ被仰付、御射させ被成候、よほどいつれ, も射申候て後、もはや射申ましく候、矢種つき不申樣にと被仰付候、矢射, 下知をなし、おめきさけんて勵し給ふ、母衣者數人ふミとめ槍を合、劔頭, 候、其時河原田三大夫と申御かちの者と、私左右之御手をひき申候て、御, 山本甚吉覺書殿樣には、天王寺の南まて御仕寄被成候、九つ時分に、越, 一のぬまは御馬にて御越被成候、二つのぬまと御歩行にて御渡り被成, 松尾家譜夫より惣かゝりに成、高虎公の人數敗走の時、高虎公齒〓を, かけ申に付て、勢踏止申候、程なく天守より火の手上り申候、九つ過より, に火花を散し防戰すゆへ、敵又敗北す、七日に首數七十九捕、高虎公の軍, 七つ半過迄に透とやけ鎭り申候, 士戰死七十一人, 元和元年五月七日, 謹按、敗走の者を射殺すい(る〓、鏃なし, に射させ給ひて、おどし給ふをいふな〓, セル味方, 七半過マ, 高虎退却, ヲ射ル, 九過ヨリ, デ城火ク, 元和元年五月七日, 三三〇

割注

  • 謹按、敗走の者を射殺すい(る〓、鏃なし
  • に射させ給ひて、おどし給ふをいふな〓

頭注

  • セル味方
  • 七半過マ
  • 高虎退却
  • ヲ射ル
  • 九過ヨリ
  • デ城火ク

  • 元和元年五月七日

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  • 三三〇

注記 (26)

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