『大日本史料』 12編 17 慶長十九年十二月~元和元年三月 p.909

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一門之者共大坂致籠城、及落城之處、貴殿〓相守當山制禁之候段神妙之至, 乙卯慶長廿年、大坂に兵を起す、公の御出陣を角之丞浪人にて大和國五條, 七日に、天滿にて討死と答ふ、越中守此旨を公に告る、其後角之丞、五條の里, 人入道宗信、堀田圖書勝喜、大坂城中に在、彼にたより、大坂の計策を聞て、某, 屋敷に在て、大坂の衷を聞て、秋元、板倉に通し、大坂落城之後、又五條に寓居、, にてこれを聞て、江戸に來て、越中守に對し、越中守彼徒士悉く不尋を怒て, の間なれは、爰に往、兩士に對し、板倉、秋元、角之丞に語て曰、其方一族眞野藏, 兩士に告たまへ、公へ乃忠節しるへしと云々、角之丞承て、大坂に至て、眞野, の里におゐて聞、京都に趣き、板倉伊賀守勝重、秋元越中守泰朝は、常に知己, 時に京二條の城にて、公越中守、角之丞を召出さるへき命あり、越中守奉て、, 徒士を遣し、角之丞を尋るといへとも行所を不知、徒士歸て、角之丞は五月, 以上, 處民上, 追放、, 譜牒餘録後編, 〔畠山文書〕, 大橋角之丞貞信, 鯰江正休, 大橋與右衞門重賢三男, 三十九, 高野山領, 坂ニ籠城, ノ地士大, 大橋貞信, ス, 元和元年三月十二日, 九〇九

割注

  • 大橋角之丞貞信
  • 鯰江正休
  • 大橋與右衞門重賢三男
  • 三十九

頭注

  • 高野山領
  • 坂ニ籠城
  • ノ地士大
  • 大橋貞信

  • 元和元年三月十二日

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  • 九〇九

注記 (27)

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