『大日本史料』 12編 18 元和元年四月~同年五月 p.211

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〔參考〕, 候へ共、城中區々の僉議を以、籠城及難儀候に付、家康の望ニ隨ひ、御和談被, 坂中物語にも歌連歌茶湯なと經營計にて御座候へつる、, 後、天下の支配、自然と家康の自由ニ成候〓口惜思食候、依之去年も兵を擧, 成候、其砌太閤の御筋目を被存、以來迄相違有間敷の所に、色々謀略を以て, 對面被成、被仰出候は、天下の家督を御請候といへ共、石田治部少輔一亂の, 去十二日、配金銀諸牢人、武具道具用意、俄騷動之由申來, を悔み、專謀反計略の相談品々也、古參新參の侍共を城え呼寄て、秀頼公御, て、御機嫌惡敷由風聞有之付、四月廿日、武具を拵、馬かい候事なと堅御法度, 候條、其上相心得候へと御觸有刻、別所藏人、長谷川吉左衞門に被仰付、右相, 遣候三人の使未歸、先達て關東勢京都を取固候故、舊冬謀たはかられ候事, 背輩討捨に可仕う被仰出付て、兩人衆横目に迫々其せんさく仕候付て、大, 〔大坂御陣覺書〕中四月四日、, 〔駿府記〕四月十六日、勢州龜山着御、從京都伊賀守飛脚到來申云、大坂之躰, 〔北川遺書記〕卯年四月中旬に、大坂衆武具拵申候由、大御所樣御耳ニ達候, 大坂にては、東國え被, ○中略、藤堂高虎淀一, 陣スルコトニ係ル, ○下, 略, 大坂家康, ヲ憚リテ, ヲ議ス, 武具等ノ, 大坂ノ形, 調達ヲ禁, 止ス, 勢, 秀頼再擧, 元和元年四月十六日, 二一一

割注

  • ○中略、藤堂高虎淀一
  • 陣スルコトニ係ル
  • ○下

頭注

  • 大坂家康
  • ヲ憚リテ
  • ヲ議ス
  • 武具等ノ
  • 大坂ノ形
  • 調達ヲ禁
  • 止ス
  • 秀頼再擧

  • 元和元年四月十六日

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  • 二一一

注記 (31)

  • 1672,831,71,204〔參考〕
  • 395,648,67,2230候へ共、城中區々の僉議を以、籠城及難儀候に付、家康の望ニ隨ひ、御和談被
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