『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.393

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〓の聲をあけ候時、其聲味方ニうつるものぞ、うつらぬ樣ニ味方鳴をし, ころなりと云々、尚可考, にめよと〓に御下知也、ときがうつるき惡し、攻めてときをつくりかへ, 鹽山牛右衞門家記ニ、大坂城攻の時、三齋公御下知ニ、城より出たる敵の, 可有之と思召て如此と云々、, 同記ニ、大坂にて寄衆の先手敗北の時、三齋公御手の人數ニ、踏とめよ踏, すかよしと云々、, 之上七助ニ被下候を、今以所持仕候、御馬印き紺の旗に白き波頭之紋、御, 具足は與左衞門作縫延胴草包青赤の段々紺糸威、鉢は頭形墨塗五枚し, とめよと御下知有之、もりかへセとき不被仰、かへをと宣はゝ、討死數多, 糸川兵左衞門家記ニ、先祖長左衞門大坂御陣之節、於芦原口敵方之鉄炮, 追落取差上申候、壹挺は五十目長サ九尺程、壹挺は三十五匁玉長サ七尺, 清田左近右衞門家説ニ、此節御持を被成候御馬印、御召之御具足御歸陣, 程有之候、當時まても御天守ニ納り有と承り及候云々、, 大坂御陣ニ、祖父藪三左衞門正則、細川越, 〔譜牒餘録〕, 三紀伊殿藩士下, 藪矢兵衞, 〓聲ノ味, 門一番首, 忠興敵ノ, ヲ制ス, 藪三左衞, 方ニ移ル, 元和元年五月七日, 三九三

割注

  • 三紀伊殿藩士下
  • 藪矢兵衞

頭注

  • 〓聲ノ味
  • 門一番首
  • 忠興敵ノ
  • ヲ制ス
  • 藪三左衞
  • 方ニ移ル

  • 元和元年五月七日

ノンブル

  • 三九三

注記 (26)

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  • 1601,730,55,708ころなりと云々、尚可考
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