『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.588

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近邊ニ罷在候衆是を見て、何者なれは御せうきの御前迄參候哉とて、御歩, 勝ニ成火の手あかり候て後、手〳〵に討取首大方茶磨山え先持參仕、岡山, し申候、出羽殊之外いんたん可申躰ニ〓參候へ共、御前通色々失禮候て失, 行之衆御鳥見之衆御相撲之衆二三人馳向候て制し候へは、坂崎出羽、敵之, 家來一人と馬ニ乘候て、首二つ爲持、乘なから御駕之前御目通へ參候間、御, 首二つ指上、馬より首をは家來にもたせ鑓を引さけ候て、つくはひ罷有候, 少御先を見物可申由ニて、程へて御先へ參申候、御忠節無比類見へ申候、御, 鑓之先御前之方ニいたし罷在候を、御相撲衆大平角助制し候て鑓をなお, 高名候、然間御供之面々何〓御先え、殊之外御駕之前無人ニ〓、井上主計頭, 御小性衆迄乘込、何〓ふりよく見へ申候、小山長門守、菅沼主殿助兩人は致, に參候ハ本多能登、坂崎出羽、本多中書なとは先將軍樣え參、其中坂崎出羽, 野又十郎、安藤甚助左右ニ供奉いたし罷在候、井上は何べ少々罷歸候〓、後, 儀也、公方樣御近邊迄敵參、御下知を以何だ快く働高名仕、是を見て御馬廻, 御馬之前に罷有、植村出羽守、同備前守、三宅彌次兵衞、酒井下總守、牧, 面目候て、無興ニな罷歸、それより茶磨山え參、殊之外いんにん申候由聞得, 于時半, 九郎, 持參スル, 東軍獲首, ヲ岡山二, 坂崎成政, ノ守備, 秀忠左右, モノ少シ, 元和元年五月七日, 五八八

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  • 于時半
  • 九郎

頭注

  • 持參スル
  • 東軍獲首
  • ヲ岡山二
  • 坂崎成政
  • ノ守備
  • 秀忠左右
  • モノ少シ

  • 元和元年五月七日

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  • 五八八

注記 (26)

  • 711,645,62,2216近邊ニ罷在候衆是を見て、何者なれは御せうきの御前迄參候哉とて、御歩
  • 1060,643,63,2218勝ニ成火の手あかり候て後、手〳〵に討取首大方茶磨山え先持參仕、岡山
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