『大日本史料』 12編 19 元和元年五月 p.590

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向ひ候と御聞被成、茶磨山の方へ御馬を被向候間、御先ニ立候御旗奉行な, とは、却〓御跡ゟ押立參候間、御押前之次第跡先に成申候間、御陣過候ふ、旗, 御馬ニ召御押被成候、御裝束は茶色の御羽織に淺黄の御帷子を召、編笠を, 召、武者草鞋をめす、松平右衞門御鎧をもたせ、近く參候ふ、御馬に召候時、御, 御子樣を御尋被成候、此所え將軍樣ゟ御合戰御初被成候由申來候間、是ゟ, 奉行衆迷惑ニ罷成候、又御先手已に備を立合候由注進有、仍之久世三四郎, 坂部三十郎を以、御先手へ被仰遣候は、右兵衞督殿、常陸介殿え軍之御取か, 懸言をかけ候間、引返し相戰打死申候、右近則首を取申候、右近も指をきら, 持、靜にかゝり御下知を待候へと被仰遣、右兵衞督殿、常陸殿えは, 大御所樣住吉へ御押被成候處、御先手ゟ注進御座候は、敵出張申、御先手も, れ申候、, 御宿越前は勘兵衞と申、久敷越前ニ罷有候間、見知候て、野本右近と申者押, 爲御使、早々人數御押候へと被仰越、矢尾堤に一時計御座候〓、兩人之, ひ被成度思召候間、暫合戰を初不申、馬をは二三町跡え遣し、自身下立鑓を, 具足を取出し候て進上可申かと申上候へは、汝は何を存候ふケ樣に申上, 門、喜多見, 間宮左衞, 長五, 郎, 家康義利, 頼將ヲシ, テ戰二會, 家康茶臼, ヲ討取ル, 家康ノ軍, 御宿正倫, 山二向フ, セシメン, 野本右近, 装, トス, 元和元年五月七日, 五九〇

割注

  • 門、喜多見
  • 間宮左衞
  • 長五

頭注

  • 家康義利
  • 頼將ヲシ
  • テ戰二會
  • 家康茶臼
  • ヲ討取ル
  • 家康ノ軍
  • 御宿正倫
  • 山二向フ
  • セシメン
  • 野本右近
  • トス

  • 元和元年五月七日

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  • 五九〇

注記 (33)

  • 1299,624,60,2216向ひ候と御聞被成、茶磨山の方へ御馬を被向候間、御先ニ立候御旗奉行な
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